247 サイカ包囲戦(15)
サイカの裏門が破城槌による攻撃を受け始めた頃、その裏門から脱出した『自由の風』のロム、情報屋のギータ、カリオテのロックの三人は、『自由の風』の仲間たちから激しく糾弾されていた。
伏兵として塹壕を掘って隠れていた凡そ五百名に、サイカ包囲軍から逃げて来た五十名が加わった野営地で、朝餉の後、これからの方針を決める全員集会が行われた。
そこでロムが、ウルス王子として連れ出した人物が替え玉であったことを発表したのである。
勿論、部外者であるギータやロックよりも、仲間のロムに非難の矛先は集中した。
「ロム! 何故われわれを騙したのだ!」
本来『自由の風』を束ねる立場にあるロムも、仲間からの突き上げに辟易しているようである。
「先程から何度も言っておるだろう。それ以外に、包囲軍に潜入している五十名を無事に逃がす方法がなかったのだ」
その五十名の一人らしい男が立ちあがった。
「本末転倒ではないか! われらはウルス殿下をお救いするために、決死の覚悟で包囲軍に潜入したのだ! 自分の生命を助けてくれと、おぬしに頼んだ覚えはない!」
言葉に詰まるロムを見かねて、何か言い返そうと顔色を変えて立ち上がったロックを、ギータが「わしが話す」と止めた。
ギータは手近にあった岩の上にピョンと飛び乗り、小さな身体からは想像もできない大音声で、『自由の風』の男たちに話し掛けた。
わしの話を聞いてくれ!
そんなに長くは喋らん!
少しの間、耳を貸してくれ!
うむ。ありがとう。
わしは、サイカで情報屋を営んでおるボップ族のギータという者じゃ。
ウルス王子とは、例の戴冠式からの脱出をお手伝いして以来、行動を共にさせていただいておる。
現在、王子がサイカに身を置いておられる理由は唯一つ。
サイカを含めた中原西南部の自由都市を、バロードのカルス王から護るためじゃ。
いや、諸君ももうご存知じゃろうから、ハッキリ言おう。
これは、ウルス王子ではなく、ウルスラ王女の意思じゃ。
王女は、バロードの現状に、ひどく心を痛めておられる。
国民を苦しめるカルス王に憤られておる。
しかし、カルス王はご自身の父。
しかも、一度は亡くなったものと諦められておった。
思いも一入じゃろう。
王女の心は、怒りと愛に引き裂かれておるのじゃ。
その王女が、今、自分の為すべきこととして取り組んでおるのが、『自由都市同盟』の設立じゃ。
南下政策を採っておるバロードに、弱小な自由都市が呑み込まれてしまわぬよう、せめてもの抵抗じゃ。
その『自由都市同盟』の中心となるべきサイカを、今潰させる訳にはいかないと、王女も必死なのじゃ。
先程、決死の覚悟で包囲軍に潜入したと聞いたが、王女の気持ちも同じなのじゃ。
自分が助けるべきサイカから、自分だけ逃げ出すなど、できると思うか?
わしは、その王女の覚悟に胸を打たれ、自ら身代わりを買って出たのじゃ。
一つには、包囲軍に潜入している五十名を救うため。
しかし、もっと大きな目的は、このサイカの危機に際して日和見を決め込んでいる周辺の自由都市を叱咤し、糾合してサイカを助けるためなのじゃ。
わし一人では説得が難しかろうが、おぬしらが手伝ってくれれば、或いは奇蹟が起こせるかもしれん。
どうじゃ、わしと共に、サイカを、そして、ウルスラ王女を、救ってくれぬか!
野営地のあちらこちらから、「おお!」「おれもやるぞ!」「手伝わせてくれ!」「おれもウルスラ王女を助ける!」「自由都市を説得しよう!」と次々に声が上がり、次第に一つの言葉に収斂していった。
「ウルスラ王女のために!」
「ウルスラ王女のために!」
「ウルスラ王女のために!」
岩から降りたギータに、ロックがニヤリと笑いかけた。
「やったな、ギータ」
だが、言われたギータは表情を引き締めている。
「大変なのは、これからじゃ」
一方、破城槌による裏門の突破に失敗した包囲軍は、正門の方に攻撃の重点を移していた。
正門は開け閉めが頻繁なため、扉は木材が主で、それを鉄板や鉄の鋲で補強している。
そこに、一斉に火矢を射てきたのである。
サイカ側も門の上の矢狭間から弓隊が応戦するものの、徐々に扉が焼ける焦げくさい臭いが漂ってきている。
正門方面を担当するライナは、矢狭間の上の門楼で陣頭指揮を執っていた。
男衆たちが「ここは危のうございます。お下がりください!」と呼びかけたものの、ライナは鼻で笑った。
「わたしが逃げてどうすんだい? それより、あの火をなんとかしな! 全く、裏門だけじゃなく、こっちも落とし穴を作っとくべきだったよ」
「通行量の多い正門に、そんな仕掛けは作れません!」
「わかってるよ、冗談さ。あんたらも馬鹿なこと言ってる間に、火を消す算段をしな! そうだ、水を入れた木桶をここまで担ぎ上げて、上からぶっかけるんだ。だけど、飲めるようなきれいな水は駄目だよ。洗い物に使ったのとかさ。そういう水を集めるんだ。さあ、サッサとやりな!」
男衆たちが渋々降りて行くと、ライナは溜め息を吐いた。
「ギータ、こんな時こそ、あんたの智慧が必要なのに、今頃何やってんのかねえ。だけど、愚痴ってもしょうがないね。わたしが何とかしなきゃ」




