246 サイカ包囲戦(14)
バロード包囲軍の総攻撃に備え、商人の都サイカをグルリと囲む城壁の内側で、正門付近にはライナ、それに向かって左側中央付近にクジュケ、右側中央付近にティルス、そして裏門に当たる鉄の扉付近にツイムが、それぞれ七百の兵を率いて布陣した。
市街の中央には一般市民が集められ、後詰を兼ねた二百の兵に護られている。
それを率いるのは、なんと、僅か十歳のゲルヌ皇子である。
さすがにそれは無理だろうと誰もが思ったが、二百名の兵士を目の前に、ゲルヌが毅然として云った一言が、兵士たちの気持ちを一変させた。
「余はゲール皇帝の第三皇子ゲルヌである。故あって、諸君らの指揮を執ることとなった。バロード軍如き、怖るるに足りず!」
自然に「おお!」と雄叫びが上がった。
戦闘が始まるのを見越してウルスラから交替したウルスがそれを横で見ていたが、「凄いね、ゲルヌ!」と素直に感嘆の声を上げた。
ゲルヌも、ウルスラよりはウルスの方が気が合うらしく、少し照れたような笑顔になっている。
そのゲルヌが、恰好の攻撃目標にされるだろうと予想した鉄の扉を任されたツイムは、珍しく緊張した面持ちで、独り言ちた。
「こういうのは、正直得手じゃねえんだがな」
海賊の時も、北長城にいる時も、積極的に攻める戦い方がツイムの得意であった。
向こうの出方を待って防戦するというのは、あまり経験がない。
それでも、他の面々と比較すれば、ツイムが担当するしかなかった。
「あの坊や、その辺をちゃんと見切ってやがる」
ゲルヌのことを思い出してツイムが苦笑したその時、異変が起きた。
バイイイーンという、腹に響く大きな音が鉄の扉の方から聞こえて来たのである。
それも、二度、三度と繰り返している。
「くそっ! 破城槌か!」
攻城用の武器の一種で、太い丸太などを大勢で扉にブチ当てるものだ。
と、同時に、頭上から雨のように矢が降って来た。
「いかん!」
ツイムは、扉を護るため矢の雨に突っ込もうとしている兵たちに向かって叫んだ。
「退け! 矢が届かないところまで下がるんだ! 生命を粗末にするな!」
慌てて退却して来る兵たちとは逆に、ツイム自身は前に前にと進んで、飛んでくる矢を長剣で払い除けている。
弓を持った兵の一人がスッとツイムに寄って来た。
「ツイムの旦那、こっちからも射返してやりやしょうか?」
兵と云っても、正規軍のいないサイカでは、ほぼ傭兵である。
仮にも方面隊長を任されているツイムにぞんざいな言葉遣いのその男も、弓の腕を見込まれて雇われたのであろう。
その辺りの機微を知っているツイムは、相手の自尊心を傷つけないように断った。
「少し待て。ライナから教えてもらった、いざという時の秘密の仕掛けを、おれが今から作動させる。その後、合図をするから、思い切り射掛けてくれ。名前は?」
「ヨギだ。仲間からは『強弓のヨギ』って呼ばれてる」
「わかった。合図したら頼むぞ、ヨギ!」
ニヤリと嬉しそうに笑って下がって行くヨギを尻目に、ツイムは飛んで来る矢を斬り払いながら、鉄の扉のすぐ傍まで接近した。
そこまで来ると敵の矢からは死角になる。
その代わり、破城槌が当たる度に鼓膜が破れそうな轟音が響く。
ミシミシと、鉄の扉の蝶番の軋む音すら聞こえる。
「うるせえぞ! 今、黙らせてやる!」
ツイムは、鉄の扉の横にある壁の一部を、剣の柄でガンガン叩いた。
ボコッと壁が崩れ、中に金属製の取っ手のようなものが見えた。
「さあ、ちゃんと動いてくれよ」
ツイムは剣を置き、両手でその取っ手を掴むと、力任せに手前に引いた。
取っ手に繋がる鎖が引き出され、どこか奥の方からガラガラと大きな歯車が噛み合うような音が聞こえてきた。
と、扉の外から「うあああっ、落ちる!」という叫び声と共に、ゴオーッという地鳴りのような音と、破城槌が何かにぶつかっているようなゴン、ゴンという音が響いた。
ツイムは、その音を聞くと、後ろに向かって叫んだ。
「ヨギ! いいぞ、今だ! 思いっ切り射掛けろ!」
ヨギとその仲間の弓隊が「おお!」と応え、強弓を上に向けて一斉に発射した。
扉の向こうから、悲鳴を上げて逃げ惑うバロード包囲軍の声が聞こえる。
ツイムは、ホッとしたように「落とし穴の仕掛けがあって助かったぜ」と呟いたが、直ぐに表情を引き締めた。
「だが、まあ、一時凌ぎだな。勝負はこれからだ。援軍が来るまで、なんとかおれたちで保たせなきゃ。頼むぜ、ゾイア将軍」
その頃ゾイアは、かつて『暁の軍団』の砦だった暁の女神の砦から、援軍二千名を率いて出発しようとしていた。
それを見送るのは、『荒野の兄弟』の首領ルキッフである。
既に馬上のゾイアは、振り返って頭を下げた。
「すまないが、後を頼む。お陰で根こそぎ兵を連れて行ける」
ルキッフは、眼帯に隠されていない焦げ茶色の方の目を細めて笑った。
「いいってことよ。ちょうどおれたちが五百人連れてここまで来たところで良かったぜ。追っつけ辺境側から後詰の兵が来るだろうから、そしたらおれたちも後から行くからよ。それまでは、ベゼルの面倒を見てやってくれ」
言われたベゼルは、ゾイアより前に進んでいたが、驚いたように駆け戻って来た。
「首領、おれは子供じゃねえぞ!」
ルキッフは苦笑した。
「子供と一緒さ。タロスどのがティルスに戻ったらしいって聞いて、矢も楯もたまらず行きたがりやがって」
ベゼルは、癖のある長い髪を揺すって頭を振った。
「ち、違う。おれは、サイカが心配で」
「ああ、もう、時間がねえんだ。サッサと行きな」
ゾイアも「そうだ、急ごう!」と声を掛け、馬に鞭を当てた。




