245 サイカ包囲戦(13)
サイカに援軍を出すというニノフに、バロードとの休戦を命懸けで勝ち取ったつもりのケロニウスは、当然反対した。
「それは如何でありましょうか。殿下のお気持ちはわかりますが、寝ている虎の尾を踏むことになりますぞ」
ニノフは苦笑した。
「残念ながら、父は寝ていませんよ。頻りに軍備を増強し、周辺の小国や自治領を属国化しています。サイカを攻めたのも、表向きの理由はウルス王子の引き渡しですが、本音は『自由都市同盟』を潰したいからでしょう。父が、自分もいたことのある『暁の軍団』の砦があった暁の女神だけを見逃すとは思えないんです」
ケロニウスとしても、ここで引き下がる訳には行かなかった。
「じゃが、確かに『そちらから仕掛けて来ぬ限り、余から攻めるつもりはない』と仰られましたぞ」
ニノフは悲しそうに頭を振った。
「その言葉を信じられるなら、どんなに良かったでしょう。尤も、バロードの今の動きを見ていると、一先ず南下して『自由都市同盟』が固まる前にサイカとその周辺の都市を攻めるつもりのようです。それが済み次第、エオスにも牙を剥いて来るでしょう。休戦協定は、そのための時間稼ぎです」
あまりも明け透けなニノフの言い方に、ケロニウスが返す言葉を失っているところに、練兵を終えたペテオが戻って来た。
今日は口髭をキチンと整えている。
「どうしたんです、老師? 何だか若返ってませんか?」
気を取り直したケロニウスが経緯を説明し、ペテオの意見を求めた。
ゾイアの留守を預かる立場のペテオは、慎重に考え考え喋り出した。
なるほどねえ。
実は、こっちも相談したいことがあってここに寄ったんですよ。
北長城があんなことになっちまって、総大将のマリシ将軍もまだ動けねえ状態です。
その上、うちの大将のゾイアは未だに行方不明ときてる。
行き場を失くしたおれたち北方警備軍は、中原側のエオスの砦に詰めてる留守部隊二千名とは別に、辺境伯領に総勢七千名残っています。
怪我をしている者などはクルム城に泊めさせてもらってますが、後の連中は野営です。
気が弛まないよう訓練は欠かしていませんが、連中も、このままじゃクルム城の兵糧を食い潰すんじゃないかと気にしてるんです。
周囲の土地をちょこっと耕して野菜を育てたりしてるみてえですが、言い難いことですが、あまりにも土地が痩せてて話になりません。
逆に、この土地で作物を収穫するのがどれだけ大変なのかを思い知って、余計に申し訳ない気持ちになってます。
で、マーサ姫とも話し合ったんですが、北長城に戻れる見込みがないのなら、いっそ中原側に渡った方がいいんじゃないかと。
エオスの砦に居る仲間に聞いてみたところ、あそこは元々小さな国があったところで、川の流れが変わって廃城になっただけで、土壌はいいらしいんです。
だから、大規模な灌漑をすれば、かなりの収穫が期待できるんじゃないかと。
それで、勝手ながら、工兵のヨゼフを先に行かせて調査を始めさせてます。
殿下の機動軍五千が行く予定の土地とは思いますが、おれたちも合流させて貰いたいと、そのお願いに来たんです。
突然、ニノフが、「ああ、その手があったか」と声を上げた。
何のことかわからず、キョトンとしているペテオにニノフは笑顔を向けた。
「今ペテオどのが言われたことは、ほぼそのまま機動軍にも当て嵌まります。こちらも野営が長引き、ボローが頑張って士気が下がらぬよう訓練に努めていますが、それももう限界です。実は、援軍のことを言ったのは、それもあってのことでした。しかし、今のお話を聞いて考えが変わりました」
「おれの話で、ですかい?」
自分が何を喋ったのか思い出そうとしているペテオに、ニノフは頷いて見せた。
「はい。これから遠いサイカまで援軍を送っても、合戦に間に合わないのではないかと迷っていました。因みに、サイカを包囲しているのはバロード軍の一部、それも正規軍のみだそうです。つまり、サイカにとって本当に怖いのは後続の部隊として蛮族軍を出されることなのです。そこに、サイカよりバロードに近いエオスに大軍が入って来たら、どうなるでしょう?」
ペテオも「ああ」と頷いた。
「表立っては休戦の約束をしていても、用心のため、バロード軍の一部は釘付けになる、ってことですね」
「そうです。これまではバロードを刺激せぬよう、大挙して渡河することを躊躇っていました。が、これからは寧ろ、目立つように続々と中原に渡りましょう。北方警備軍も、おれの機動軍も共に。それなら、ギリギリ敵対行為ではないと言い張ることもできますし。如何ですか、老師?」
ケロニウスは少し目を閉じて考えていたが、目を開けると「仕方ありま」と言いかけて「お、あれは?」と窓を見た。
ヒラヒラと飛んで来たのは、伝書用のコウモリであった。
ケロニウスは、サッと捕らえて脚に結びつけられた手紙を読んだ。
「おお、これは!」
ニノフは心配そうに、「悪い知らせですか?」と尋ねた。
しかし、ケロニウスの顔には、久しく見せなかった嬉しそうな笑みが零れている。
「いえいえ、とても良い知らせです。エオスの砦にサイカから援軍の要請が来たそうですが、その使者は」
ペテオもピンと来たらしく、身を乗り出して「ま、まさか」と食い気味に口を挟んだ。
ケロニウスは莞爾と笑って頷いた。
「はい。ゾイア将軍だそうです」
そのゾイアが不在となったサイカでは、愈々包囲軍の総攻撃が始まった。
最初に攻撃を受けたのは、ゲルヌ皇子の予想どおり、ツイムが護る裏口の鉄の扉であった。




