244 サイカ包囲戦(12)
サイカを包囲するバロード軍が明日には総攻撃を掛けるであろうと見て、対策を話し合っている部屋に、自分も使ってくれと言いながら入って来たのはティルスであった。
ゾイアの場合と違って、当然ながらティルスはタロスと全く同じ姿である。
それでも、その人物がタロスではないことは、昔から接しているウルスラだけでなく、その部屋の全員が何となくわかった。
一言で云えば、タロス程堅苦しくないのである。
今も勝手に部屋に入って来ると、空いている席に自然に座った。
偶然にもウルスラの隣であったが、何故女の子が戦いを話し合う会議の席に座っているのだろうと訝るような顔をしただけであった。
皆の注目が集まっていることは充分自覚しているようで、何も訊かれぬ前に喋り出した。
「実は、寝かされている部屋の周囲がバタバタと騒がしいので、いつも食事を用意してくれる賄いの女性に尋ねたのだ。驚いたことにバロード軍に囲まれていると言うではないか。わたしがニノフ将軍に掛け合ってみようかと提案すると、なんと既に将軍は追い出されてしまったらしい。聞けば、あの蛮族の帝王カーンが今のバロードの王だという。ならば、わたしにとっても敵だ。世話になった恩返しに、わたしも戦わせてくれ」
横にいるウルスラが泣き出しそうな顔になっているのを見て、クジュケがやんわりと断った。
「ティルスどの。お気持ちは大変有難いですが、まだ完全に病が癒えた訳ではございませぬ。今は御身を労わるべき時かと存じます。どうぞお気兼ねなく、寝室でお休みください」
何か反論しようとするティルスより早く、意外な人物がティルスを擁護した。
癖のない真っ直ぐな赤い髪をしたゲルヌ皇子である。
「よいではないか。今も兵を率いる将が足りないと申していたところであろう。余の策戦でも、将が一人足りないと思っていたところだ」
丁度ゲルヌと向かい合わせに座っていたツイムが、「ほう。皇子の策戦とは?」とややぶっきらぼうに尋ねた。
ロックと違い、同じカリオテ人でもツイムとは馬が合うらしく、ゲルヌは特に怒りもせずに答えた。
しかし、それは正に歯に衣着せぬ意見であった。
「先程クジュケが話しているのを聞いて、軍略の基本がわかっておらぬと見た。敵がどこから攻めて来るかわからないから、その都度兵を走らせるなど愚の骨頂。徒に兵を疲弊させるだけだ。言うまでもなく、軍略の基本は分散と集中だ。この場合、先に兵を幾つかに分けて配置し、別に後詰を用意すべきだと思う」
ツイムがニヤリと笑って「具体的には?」と畳み掛けた。
「うむ。まず、サイカには一般市民もおるから、なるべく危害が及ばぬよう、市の中心部に集める。一方、兵は傭兵を中心に凡そ三千と聞いているから、これを五つに分ける。正門の近くに七百、裏の鉄の扉の近くに七百、左右両翼に各七百。残りの二百は中央に残し、市民の警護と、万一の場合の後詰とする。この中央は余が担当するとして、後四人は将が必要だ。よって、ティルスに加わってもらった方がよい」
軍事の才能がないと酷評されたクジュケが、寧ろ嬉しそうに銀髪を揺らして笑っている。
「いいですね。その策戦で参りましょう。実は、ギータどのが出て行かれる際、わたくしが居るから大丈夫と仰ってくださいましたが、その方面が不安だったのです」
ライナも「わたしもそれでいいと思うよ。で、各方面の割り当ては?」とすっかりゲルヌに任せた。
ゲルヌも全く物怖じせず、「そうだな」と考えている。
「うむ。慣れているだろうから、ライナは正門に。裏の鉄の扉が開くことを敵に知られた以上、当然強く攻めて来るだろうから、ここはツイムに。左右をクジュケとティルスに。それでよいと思う」
ライナが感心したように、「凄いね。すぐにでも、軍師が務まるよ」と褒めると、ゲルヌは憮然とした。
本人にしてみれば、自分は皇帝になるべき人間だと思っているのであろう。
皆がゲルヌの策戦に沿って話し合う中、ウルスラだけは浮かぬ顔であった。
翌朝となった。
ゲルヌの指示どおりに兵が分けられ、それぞれを、ライナ、ツイム、クジュケ、ティルスが率いて四方に散った。
市の中央に集められた市民たちからは、当然不平不満が出た。
中にはあからさまにバロードと敵対しても良いことなど一つもないと言う者もいる。
その宥め役をゲルヌがやるはずもなく、かと言って、包囲するバロード軍の王女であるウルスラでは逆効果であろう。
ライナの部下の男衆たちに任せるしかない。
ウルスラは身の置き所がない思いで、同じ立場にあるまだ見ぬ庶兄、ニノフに逢いたいと切に願った。
そのニノフは、辺境伯アーロンのクルム城に間借りしている状態から、中原の暁の女神の地へ拠点を移そうと多忙な日々を送っていた。
そこへ、バロードとの休戦協定を成立させたケロニウスが戻って来て、ニノフはホッとしたように頬を緩めた。
「おお、老師、ご苦労さまでした。ん? おれの気のせいでしょうか、少し若返られたような」
ケロニウスは苦笑して、自分の顔をツルリと撫でた。
「はい、カルス王の母、ドーラに一服盛られましたのじゃ」
ニノフは複雑な表情になった。
「父の母、つまり、おれの祖母ですね。それが、例の女魔道師だったという訳ですか?」
ケロニウスも、どう説明したものか迷っているようで、「まあ、そういうことですな」と曖昧に答えた。
「祖母に、変な薬を飲まされたとは?」
「ああ、それはご心配なく。若返りの妙薬であることは間違いないのじゃが、副作用で一時的に魔道を使えなくなりました。帰還が遅れたのは、一つにはそのせいです」
「おお、それはすみませんでした」
「いやいや、殿下がお謝りになることはありませぬ。それと引き換えに、休戦の約束は取り付けましたでな」
ニノフは少し苦い表情になった。
「老師の耳にはまだ入っていないかもしれませんが、実は、現在バロード軍が、ウルス王子の居る商人の都サイカを包囲しています」
「なんと!」
「せっかく纏めていただいた休戦協定ですが、おれはサイカに援軍を出すつもりです」




