243 サイカ包囲戦(11)
サイカには、市街をグルリと囲むように城壁がある。
唯一の出入口は正面の門だが、その真裏に当たる位置の城壁に変化があった。
そこには火災などの非常時のみ開かれる鉄の扉があり、普段は固く閉ざされているが、今しもギシギシと軋みながら左右に開き始めた。
そろそろ日も傾きかけていた。
漸く馬一頭が通れる隙間があいたところで、パッと馬に乗った男が飛び出した。
金髪碧眼の典型的なバロード人である。
続けて、スッポリとマントを被った小さな人物が乗った馬が出て来た。
最後に、黒っぽい髪で肌の色も浅黒い南方系の若い男が乗った馬が出ると、鉄の扉は再びギシギシと音を立てて閉まった。
それを確かめると、最初に出て来たバロード人、『自由の風』のロムが「参りましょう!」と後ろの二人に声を掛け、そのまま外に向かって駆け出した。
その後に小さな人物の乗った馬、それを護るように南方系の若い男、ロックの馬が続く。
三人とも、目印であるらしい白い布を腕に巻いている。
三人が向かう先にも変化があった。
サイカを取り囲んでいるバロード軍は、何もない平坦な地形を補うために、一定の間隔で簡易的な櫓を建てている。
その一つに火の手が上がった。
争っているような声も聞こえて来る。
先頭のロムが「あの横を目指します!」と言うや、馬に鞭を当て、猛然と速度を上げた。
後の二騎もそれに合わせて駆けて行く。
燃えている櫓の横では、三人と同じように腕に白い布を巻いた兵士たちが、自らの肉体を盾として、脱出路を確保している。
ロムが「すまぬ!」と兵士たちを労いつつそこを駆け抜け、後の二騎も続いて通り抜けた。
白い布を巻いた兵士たちは、襲い掛かって来る同僚の兵士たちと激しく斬り合って接近を防ぐと、自分たちも馬に乗り、ロムたちの後方を護るように横に広がって駆け出した。
包囲軍側も次々と騎乗して追って来る。
先行するロムたちの三騎を護る腕に白い布を巻いた兵士も数十騎に増えたが、追手も甘い餌に寄って来る蟻のように益々人数が多くなってきた。
二百名は超えているであろう。
三騎の一番後ろを駆けるロックが後方を振り返り、「やべえよ!」と叫んだ。
事実、『自由の風』の側の兵士は、追手の騎射によって落馬したり、或いは直接槍で突かれたりして、少しずつ少しずつ人数が減って来ている。
「どうすんだよ!」
悲鳴のように問い掛けるロックに、先頭のロムは「急ぎましょう!」とのみ答えた。
「もう、充分急いでるんだよ!」
言い返したロックは、次の瞬間、「ああっ!」と声を上げた。
前方に、凡そ数百名の兵士が待ち構えているのが見えたのだ。
「いけねえ、挟み撃ちにされたぞ!」
その場に止まろうとするロックに、「そのまま進んでください!」とロムが叫ぶ。
「そんなこと言ったって」
すると、真ん中のフードを被った人物が、「あれは味方じゃ」と告げた。
「何だって!」
ロックが改めて見ると、前方の兵士たちは、皆腕に白い布を巻いていた。
その中央が左右に分かれ、ロムたちを通り抜けさせると、また左右から寄って塞いだ。
追って来た兵士たちは、馬を止め、一応、威嚇の声を上げ、矢を射掛けてきた。
だが、倍以上の敵に怯んだのか、若しくは、既に日没も近くなっている中、深追いすることの愚を悟ったのか、反転して戻って行った。
「やったぜ!」
飛び上がるように喜ぶロックを、フードを被ったままの人物、ギータが窘めた。
「喜ぶのはまだ早い。まず、伏兵となっていた『自由の風』の者たちに上手に言い訳せねば、わしらの生命も危ういわい」
そこへ、ロムがスッと寄って来た。
「すみませんが、お静かにお願いいたします。皆戦闘態勢のままで気が立っております。これから直ぐに夜営の準備に入りますので、説明は明日にします。申し訳ありませんが、それまで正体を明かさないでください」
「うむ。わかった」
その頃、副官に裏切られた上、ウルスを取り逃がしたと思っているガネスは、激昂して部下を怒鳴りつけていた。
「この馬鹿者どもめ! よくもおめおめとそのような報告ができたな! ロムの追跡に当たった者どもは、全員明日の総攻撃の最前線に立たせろ!」
「ははーっ!」
ガネスは死んだ魚のような目を血走らせ、ギリギリと歯を噛み締めた。
一方、ウルスの身代わりとしてギータを脱出させたサイカの側でも、明日の総攻撃に備えて話し合っていた。
ライナ、ツイム、クジュケの大人三人と、ウルスラとゲルヌである。
この面々だと、自然にクジュケが司会役となる。
「包囲軍は、正門以外に少なくとも数か所同時に攻めて来るものと思われます。城壁の高さは一定なので、どこを攻めて来るかわかりません。雲梯を掛けてくるのか、先に火矢を射てくるのか、或いは移動櫓を用意しているのか。様子を見ながら適宜兵を走らせることになるでしょう」
ツイムが口を曲げて「兵が足りないな」と呟くように言った。
ライナも「兵だけじゃないさ。それを束ねる将も不足だよ」と嘆く。
その時、会議している部屋の外から、「わたしも使ってくれ」という声がした。
驚いて皆が見守る中、扉を開けて入って来たのは、タロス、いや、ティルスであった。




