242 サイカ包囲戦(10)
ウルスからウルスラへの人格交替を目の当たりにしても、『自由の風』のロムはたじろがなかった。
「お初にお目にかかります、ウルスラ殿下。エイサでの戴冠式の後、バロードでは密かにあなたさまの話題で持ち切りでした。無論、心ないことを申す者もおりましたが、寧ろアルゴドラス聖王の再来と喜ぶ者の方が多かったと聞いております。歴史上、アルゴドラス聖王が人前で女性形になったという記録はありませんが、両性族であるらしいとの噂は、非公式な伝説となっておりますので」
因みに、カルス王の母ドーラこそがそのアルゴドラスの女性形アルゴドーラであることを知っているは、死んだブロシウスと姿を晦ましたサンジェルマヌス、それから恐らくは地下神殿から何処へか消えた赤目族以外では、カルス王本人とウルスラだけである。
サンジェルマヌスによって時の狭間での出来事の記憶を残されているウルスラは、アルゴドラス聖王の再来と言われて、逆に悲しかった。
「そう、なのね。ありがとう、教えてくれて。わたしは国民の理解は得られないものかと、半ば諦めていたわ。それはそれとして、今ここから逃げ出すことはできないわ」
猶もウルスラを説得しようと口を開きかけたロムよりも先に、ずっと黙って話を聞いていたギータが発言した。
「わしは情報屋のギータという者じゃ。ライナの、まあ、相談役といったところかの。ロムどのにお尋ねしたい。お仲間は何人程じゃな?」
ロムは、小人族であるらしいギータという人物がどういう立場なのかわからず、少し躊躇っていたが、ライナが笑って頷いているのを見て、返答した。
「はい。現在、『自由の風』に所属しておる者は二千人程です。その内半分は、何らかの理由で既に国外に脱出しております。この包囲軍には、わたしを含め、凡そ五十名が潜入しています」
ギータは「ふむ。一万分の五十か」と呟いた。
「それで、その五十名が櫓の一つを占拠しておるのじゃな?」
「全員ではないと思いますが、大部分はそうです。それが何か?」
話の行き先が見えず、ロムは戸惑っているようだ。
ギータは皺深い顔を手で擦り、考え考え喋り始めた。
わしが包囲軍の将軍なら、副官の裏切りが判明した時点で仲間を探す。
よって、その五十名の生命は風前の灯火じゃな。
そうなる前に脱出させた方がよいが、逃走の手筈は整っておるのか?
おお、多数の馬も確保しておるのか。そうであろうの。
しかし、ただ逃げよと言っても、おぬしも仲間も決心がつかぬであろうし、せっかくの準備も無駄になる。
一方、王女の決意は今聞いたとおり、揺るがないじゃろう。
となれば、方法は一つじゃ。
当初の予定どおり、おぬしはウルス王子を連れて仲間と一緒に逃げるんじゃ。
但し、本物の王子ではなく、体格の似た別人を連れてな。
さすれば、包囲軍は人員を割いて追いかける。
これを上手に撒けば、おぬしと仲間が逃げられるだけでなく、サイカの包囲にも綻びができるじゃろう。
一石二鳥じゃ。
すると、ハッとしたように、ウルスラがギータの話を遮った。
「駄目よ! ゲルヌ皇子にそんな危険な役目はさせられないわ!」
ギータは、クリッとした目を瞬いてお道化たように驚いて見せた。
「はてさて、わしは子供とは言うておらんよ。似たような体格の身代わりじゃ」
「えっ、それじゃ」
驚くウルスラに、ギータは笑顔で答えた。
「わしじゃ。わしも、この顔さえ隠せば子供に見えるじゃろ?」
これには、クジュケが反対した。
「困ります。ギータどのは、われわれの智慧袋。策戦を考えていただかねばなりません」
ギータは苦笑した。
「智慧なら、おまえさんがおろう。それに、わしが外に出たいのは、別の目的もあるんじゃ」
「別の目的?」
「そうじゃ。サイカが包囲されて以来、黙りを決め込んでいる周辺の自由都市の尻を叩いて来るつもりじゃ。万一サイカが潰されれば、次はおまえのところだぞ、とな。まあ、大した兵力にはならんじゃろうが」
聞いていたライナが、「それは重要な役目だよ」と後押しする。
「この戦には、勿論勝たなきゃならないけど、勝ち方も大事なのさ。みんなで協力して勝って、初めて真の同盟が生まれるんだよ」
ギータは、わが意を得たりという顔で、改めてロムに向き直った。
「そういうことじゃ。おまえさんたちの策戦とは違うが、これが一番だと思うぞ」
「し、しかし、王子、いや、王女は」
動揺するロムを、ウルスラが説得した。
「わたしも、それがいいと思うわ。わたしは大丈夫よ。みんながいるし、もうじきゾイアが戻って来る。『自由の風』は、これからもっと活躍の場があるはずよ」
不承不承ロムがギータの提案を受け入れ、白装束では目立つからと、ツイムに連れられて着替えに行った。
一方、クジュケは、父のことで落ち込んでいるウルスラを気遣い、外交談義をしましょうと別室に誘った。
残ったライナとギータがこの後の手順につい話し合っているところへ、ゲルヌ皇子と一緒だったはずのロックが、一人だけ先に帰って来た。
「なんだよなんだよ、おいらは除け者かよ。ゾイアといい、ギータといい、おいらを連れて行く気がねえのかよ」
ライナが気を利かせ、「ギータ、連れて行ってやんな」と口添えする。
ギータは少し考えていたが、「いいじゃろ。その代わり、わしの指示に従うんじゃぞ」と受け入れた。
ロックが支度しに行った後、ゲルヌ皇子が戻って来た。
何故か不機嫌である。
「あの男、太刀筋が我流すぎる。余までおかしくなってしまうから、もう手合わせは御免だと申したら、怒って先に帰ってしまったのだ」
ギータはクリッとした目を細め、「そんなことじゃと思ったわい」と笑った。




