241 サイカ包囲戦(9)
サイカの門を目指して来る白装束の男を救うようライナが命じた時、偶々門の近くにツイムがいた。
バタバタと出撃の準備をしている男衆に混じり、自分も馬を用意した。
元は船乗り、というより海賊であったが、マリシ将軍の下で乗馬はみっちり仕込まれている。
真っ先に駆け出すと、振り返って男衆たちに叫んだ。
「騎射してる連中はおれが適当にあしらうから、おまえたちは白装束の男を確保して門内に入れてくれ!」
既に顔馴染みの男衆たちは、「わかった、任せる!」と応じた。
このような際に難しいのは、これを切っ掛けに本格的な戦闘に縺れ込ませないことである。
ツイムは、白装束の男と追手の間に割って入り、長剣で矢を払いながら、付かず離れず駆け回る。
白装束の男が確保されたのを確認すると、ツイムは猛然と攻め掛かると見せ、相手が怯んだ隙にサッと引き上げた。
慌てて追手が反転して来た時には、ピタリと門が閉まっていた。
門内に連れ込まれた白装束の男は、男衆に両側から後ろ手を掴まれた状態で、ライナの前に引き出された。
「おまえたち、そんなに乱暴に扱うんじゃないよ、お客さんなんだから」
窘められた男衆たちは、白装束の男の腕を離したものの、警戒は解かず、すぐ傍に待機した。
ライナもそれ以上は言わず、白装束の男に問うた。
「あんた、何者だい?」
「わたしは、バロード軍のロムという者です。現在は包囲軍を束ねるガネス将軍の副官を務めております」
「へえ、そうかい。で、その副官さまが、何の用だい?」
「いえ、ここに参ったのは、副官としてではなく、バロードの現状を憂う一人のバロード人としてでございます」
「ほう。だから仲間に殺されかけたんだね。で、何を言いに来たのさ?」
「はっ。ガネス将軍は、明日にでもサイカに総攻撃を仕掛けるつもりです」
「えっ、何だって! ここには、ウルス王子が居るんだよ!」
ロムは悲しげに俯いた。
「本国のカルス陛下からは、構わず攻めよ、と」
ライナは、「それでも人の親か!」と吐き捨てた。
ロムは自分が責めらているように、「申し訳ありませぬ」と詫びた。
「別に、あんたが謝ることないさ。で、それをわたしたちに知らせに来てくれたんだね」
ロムは顔を上げた。ポロポロと涙が零れている。
「いいえ。皆さまには申し上げ難いことながら、できますれば総攻撃の前に王子を逃がしていただきたく、お願いに参りました」
そこへ丁度戻って来たツイムが、「あんたらなら、安全に王子を逃がせるって保証はあんのか?」と、ややつっけんどんに訊いた。
ロムは知る由もないが、ツイムには命懸けで王子を護ったという自負があるのだ。
「それは……」
ライナが執り成すように、「まあ、みんなの前で話してもらおうじゃないか」と言って、男衆に「この人を会議する部屋にお連れしな。丁重にね!」と命じた。
ライナの屋敷にある会議用の部屋にロムを連れて入ると、ツイムが自分一人で大丈夫だからと男衆を帰した。
ロムを落ち着かせるためにライナが薬草茶を用意する間に、ウルス王子、ギータ、クジュケの三人も呼ばれた。
ロックとゲルヌ皇子は、ギータの家で剣術の稽古をしているということで、敢えて呼ばれなかった。
ウルス王子の姿を目にして、ロムはまたしても涙を溢れさせた。
その姿に、ウルスも目を潤ませている。
そこへライナが薬草茶を持って入って来た。
「ほらほら、大の男がメソメソするんじゃないよ。これでも飲みな」
「忝い。わたしがどういう人間かは、タロスどのが一番良くご存知かと思いますが、いらっしゃらないのですか?」
皆が返事に困っているため、代表してクジュケが答えた。
「実はタロスどのは病に臥せっておられます。お生命に関わる程ではないのですが、他人との接触は避けた方が良いという薬師の指示で、別棟に移しました」
「おお、そうでしたか。それは、お大事になさるよう、お伝えください。ならば、自分で説明させていただきます」
わたしはロムと申します。
親の代からクマール将軍の家臣です。
新バロード王国をカルス王と共に立ち上げたクマール将軍が、何故カルボン卿の謀叛に加担したのか、未だに理由がわかりません。
けれども、わたしは逆らうことができませんでした。
それをずっと悔いております。
申し上げるのも辛いことですが、今は逆に、あの理想に燃えられていたカルス王が、蛮族を率いて圧政を敷かれております。
わたしはもう決めたのです。
正しいことかどうかは自分自身で考えようと。
そのため、今は同志たちと『自由の風』という組織を作り、王の圧政に抵抗する地下活動をしております。
そのわたしたちにとって、国外にいらっしゃる二人の王子の存在は希望そのものです。
特に、ご自身の軍をお持ちでないウルス王子には、わたしたちこそが、ニノフ王子の機動軍と同じ役目を果たすべきと思っております。
しかし、如何せん、わたしたちはまだ少数です。
どうやってウルス王子をお救いするか、考え抜いた末、包囲軍に紛れ込むことにしたのです。
既に同志たちが櫓の一つを押さえております。
ウルス殿下、どうか、わたしと共に逃げていただけませんでしょうか。
ウルスは、顔を上下させた。
瞳の色が、限りなく灰色に近い薄いブルーに変わる。
「それは、できないわ」




