240 サイカ包囲戦(8)
ゾイアが包囲軍を突破して援軍要請に向かった頃、バロードの聖王宮では、聖王カルスとその母ドーラが話し合っていた。
「おふくろどの。サイカから跳躍した気配はございませんか?」
「うむ。周辺で中継点となりそうな座標には、全て偏向を掛けておる。正常な跳躍はできぬし、すぐにこちらに徴候が伝わるはずじゃ。が、今のところ、何の気配もないわえ」
「すみませぬ。少しお待ちください」
カルスが片手を上げて会話を止めた。
と、部屋の外から、「よろしいでしょうか?」と声がした。
カルスはドーラに「秘書官が参ったようです」と断ってから、室外に向かって「いいぞ、入れ!」と告げた。
カルスは秘書官と言ったが、入って来たのは全身に刺青を施した蛮族であった。
多少、発音に癖があるが、ほぼ完璧な中原の言葉で報告した。
「反政府活動をしている『自由の風』の首魁が判明いたしました」
「おお、そうか。申せ」
「はっ。ロムという男でございます」
「ん? 聞き覚えがあるな」
「左様かと存じます。この者はバロード正規軍に所属しており、現在はサイカ包囲軍のガネス将軍の副官を務めております」
「何だと!」
驚くカルスに構わず、蛮族の秘書官は淡々と報告を続けた。
「元はカルボン卿の腹心であったクマール将軍の下におったようですが、首都防衛戦でクマール将軍が討ち死にした後、伝手を辿って甥のガネス将軍を頼ったようです。調べたところ、クマール将軍のことを父のように慕っていたとのことにて、伯父を裏切ってわれわれに付いたガネス将軍を密かに恨んでいるようです。ガネス将軍へは何もお伝えしておりませんが、如何されますか?」
カルスが答える前に、ドーラが「暫く様子を見る故、まだ知らせずともよい」と命じた。
蛮族の秘書官はカルスの顔色を窺ったが、微かに頷くのを見て、「御意のままに」と頭を下げ、退室した。
それを見届けると、カルスはドーラに「よろしいのですか?」と尋ねた。
「構わぬ。今伝えたところで、現場が混乱するだけじゃ。それに」
ドーラは、フッと自嘲するように笑った。
「表向き厳しいことを言っても、やはり孫は可愛いもの。少し後悔しておったところじゃ。手を差し伸べる訳には行かぬが、誰かが助けてくれるのを止めることはあるまいよ」
そのロムは、ガネス将軍の目を盗み、仲間数名と話し合っていた。
「ゾイア将軍と思しき人物が援軍を求めて包囲を破った。ガネスは焦って、明日にでも総攻撃をかけるだろう」
沈痛な面持ちで述べるロムに、仲間も不安の声を上げた。
「どうするのだ、ロム! 乱戦となれば、とても殿下を救えぬぞ!」
「わかっておる。こうなれば、方法は一つしかない。今日中に、殿下を救い出すのだ」
別の仲間が、ロムに問い質した。
「だが、どうやって?」
「おれはタロスどのと面識がある。若い頃、カルス王主催の武芸大会で知り合ったのだ。その後、何度か顔を合わせる機会があり、意気投合した。しかし、カルボン卿の謀叛の際、おれは大恩あるクマール将軍に逆らえず、タロスどのと敵味方となった。そのクマール将軍も今はおらぬ。多少の蟠りはあろうが、唯只管ウルス王子をお救いしたい、との赤誠を示し、単身乗り込んでみるつもりだ」
「馬鹿な! すぐに殺されるぞ!」
ロムは悲壮な決意を秘めながら、笑顔すら見せた。
「それでも構わぬ。バロードに王子の味方がいることだけでも知らせることができれば、本望だ。勿論、説得が首尾よく進めば、当初の予定どおり、ガネスが居る場所の真反対にある櫓を目指して逃げる。おぬしらは、そこに張り付いていてくれ」
商人の都サイカの城壁に唯一ある小さな門の前には、通常は長槍と盾を持った門番が両側に立っている。
だが、周囲をバロード軍に包囲されて以来、危険を避けるため外には誰も出ていない。
その代わり、門の上にある門楼から突き出した露台から周辺を監視しているのである。
今しも、そのバルコニーにキリリとした美貌の女が顔を見せた。
サイカの実質的な支配者であるライナであった。
「おや、あれは何だい?」
後ろに控える男衆は、ライナの独り言には慣れているらしく、敢えて返事はせず、自分も身を乗り出して外を覗いた。
この位置からでも、バロード軍が建てた櫓が見えるのだが、そこからたった一騎で駆けて来る者がいた。
遠目にも白装束を身に纏っているのがわかる。
使者の印ではあるが、普通は降伏する側が着るものであった。
「へえ、どうしちまったんだろう。ゾイアの姿を見て、怖れを為したのかねえ」
近づくにつれ、男が金髪碧眼の典型的なバロード人であることが見てとれた。
男は武器を持っていないことを示すため両手を拡げ、「開門願いまする!」と叫んでいる。
すると、男の後方から数騎の騎兵が追って来るのが見えた。男に向かって次々に騎射している。
ライナは男衆に叫んだ。
「こりゃ、大変だ! 何人か出張って、あの白装束の兄ちゃんを助けてやりな!」
「畏まりました!」
男衆がバタバタと下へ降りて行く間も、ライナは白装束の男から目を離さなかった。
「罠かもしれないけど、まあ、いいさ。こっちには腕っ節の強いのも、智慧の回るのも、魔道が使える者だっているんだ。ゾイアが帰って来るまで、バロード軍なんかに負けやしないよ!」




