23 追う者、追われる者
「卿もご存知のように、皇帝は何よりも嘘がお嫌いでな」
畳み掛けるようなブロシウスの言葉に、カルボンは堪らず土下座した。
「し、暫し、もう暫し、お待ちくだされ! 必ずや、かの者をひっ捕らえ、斬首致します故、何卒、今暫くのご猶予を!」
「卿、面を上げられよ。これでは、まるで皇帝が無理難題を申されておるようではないか」
カルボンは、慌てて顔を上げた。
「いえ、決して、そのようなことは!」
ブロシウスの顔に、一瞬、相手を蔑むような表情が浮かんだが、すぐに和かな笑顔に変わった。
「皇帝は、このバロード自治領の安寧を願っておられるだけじゃ。卿とて、ウルス王子がいずこかに隠れておるかもしれぬとあっては、安らかに眠ることもできまい。心配事の芽は、早めに摘むことが肝要じゃよ」
「はっ! お心遣い、痛み入ります!」
「では、頼みましたぞ」
来た時同様、不必要な見送りなど一切断り、ブロシウスは嵐のように去って行った。
戻って来る惧れがないことを確かめると、カルボンは机の上の書類を全部下に落とし、両の拳でダン、ダンと何度も机を叩いた。
「執政官さまに申し上げます! 只今こちらに」
入って来た役人は、書類が散乱した部屋の中で、髪を振り乱して机を叩いているカルボンの姿に、息を呑んだ。
「構わん。申せ」
意外に平静なカルボンの様子に、役人はホッとしたように言葉を継いだ。
「はっ。只今こちらに、宰相さまの間者が参っております!」
「何! ザギムさまの! すぐに通せ!」
その言葉を待っていたらしく、全身黒尽くめで、顔すら黒い布で覆った人物がカルボンの眼前に現れ、片膝をついた。
「人払い」
無礼な言い方にもカルボンは慣れているらしく、知らせて来た役人に「下がってよい。当分誰も近づけるな」と命じた。
後は、黒尽くめの人物が自ら喋るのを待つのみである。
「伝言。ウルス殺すな」
「何だと! どういうことだ!」
「生きたままで。秘密」
「うーむ。相変わらず要領を得んな。まあ、わかった。宰相がおっしゃるなら、仕方あるまい。何とかしよう。そうだ、こちらからも伝言を頼みたいが、良いか?」
「良い」
「今日、突如としてブロシウスが来た。ウルスが生きているとの情報が漏れている。すぐに危険はないだろうが、事は急いだ方が良い、と」
「了解」
黒尽くめの人物が去ると、カルボンは物思いに沈んでいるようだったが、不意にギリッと奥歯を噛んだ。
「今に見ておれ、ブロシウスめ! そうして威張っておられるのも、今のうちだ!」
また、力まかせに机をダンと叩いた。
激情が治まると、カルボンは役人を呼んだ。
「探索が手緩い。今手隙の傭兵を全て辺境に送るのだ。懸賞金は倍にしろ。ああ、それから、多少痛めつけても良いが、決して殺すな。生きた状態でウルス王子を捕らえれるのだ」
「ははっ!」
漸く、カルボンの削いだような頬が緩んだ。
「ウルスめ。今度こそ逃がさんぞ」
その頃、ウルスはアーロンと共に馬に乗り、辛うじて落城を生き残った百人隊に護られながら、遥かに北長城を望む場所まで来ていた。地平線の端から端まで、延々と長城の壁面が続いている。
「壮観だね!」
ウルスのやや燥ぐような声に目を細めながらも、アーロンは首を振った。
「まだまだ、でござりますよ、王子。今のお言葉、実際に長城の上に登るまで、取っておいてくだされ」
「わかったよ。でも、長城の向こうって、どんな世界だろう。ああ、なんだかドキドキして来たよ」
アーロンはゆっくりと首を振った。
「それはどうでしょうか。初めて北方を目にした者は皆、景観に圧倒されて気持ちが沈むようですが」
「へえ、ますます見たくなったよ」
苦笑したアーロンが「お、来たようです」とウルスに教えた。
すでに伝令が行っていたらしく、砂煙を上げて迎えの一団が向かって来ていた。その先頭を駆けているのは、全身を鱗に覆われた龍馬に跨った、髭面の巨漢であった。
アーロンが驚きの声をあげた。
「おお、マリシ将軍直々のお出ましか」
巨漢は直前で龍馬から降り、駆け寄って来ると、アーロンの前で跪いた。
「ソロンさまのこと、誠に申し訳ございませぬ!」
叫ぶようにそう言うと、豪傑のような顔をクシャクシャに歪め、ハラハラと落涙した。




