237 サイカ包囲戦(5)
光る球体として保持されていたゾイアは、タロスと合体することによって、再び人間の姿を取り戻した。
しかし、まだ呆然としており、ここがどこで、今がいつなのか、分からないように見える。
「おっさん!」
泣きそうな声で呼び掛けるロックの顔を見ているうちに、ゾイアのアクアマリンの瞳に反応があった。
「お、おお、ロック、か」
ゾイアは、一音ずつ確かめるように声を出している。
名前を呼ばれたロックの顔が、パッと輝いた。
「良かった! おいらがわかるんだね!」
「ああ、もち、ろん、だ。うむ、ギータと、ライナ、がいる、な。すると、ここはサイカだな?」
喋る度に滑舌も良くなり、記憶も戻るようである。
ライナも嬉しそうに笑った。
「そうとも、ここはサイカさ。わたしの未来の婿どの。尤も、素っ裸じゃ、目のやり場に困るから、何か着ておくれ」
ゾイアは苦笑らしき表情を浮かべ、用意されていた部屋着を羽織った。
「そう畳み掛けんでくれ。まだ頭がボウッとしているのだ。おや、そこにいるのは?」
ゾイアはウルスラに目を留めた。
「ウルスラよ! ゾイア、どんなにあなたに逢いたかったか! ゆっくりお話ししたいけど、ごめんなさい、今は、あなたの後ろで倒れているタロスが気になるの」
言われてゾイアは振り返った。
そこには、ゾイアと全く瓜二つの人物が倒れている。
「おお、これはいかん。ライナ、すまぬが、タロスどのを寝台に休ませてくれぬか? それから、必ず見張り役を付けてくれ。気絶から目醒めた時が心配だ」
ロックが「それって、おいらに対する皮肉かよ」と笑いながら文句を言った。
クジュケがスッとタロスの傍に寄り、呼吸や鼓動を確認した。
「わたくしの見たところ、合体の衝撃による単純な気絶だと思います。念のため、目が醒められたら、すぐにわたくしを呼んでください」
ゲルヌ皇子は騒ぎ立てることもなく黙って見ていたが、この世の出来事とも思えぬ事態に接し、微かに身体が震えている。
それに気づいたツイムが近づき、安心させるように肩に手を置いた。
ライナがまた男衆を呼んで、タロスを別室に寝かせたところで、ギータが新しく増えた三名に提案した。
「丁度、これからの対策を話し合っていたところじゃ。おぬしらも参加してくれるかの?」
真っ先にゾイアが「勿論だ、ギータ」と返事をし、クジュケも頷いた。
ロックだけは「おいらはいいけど、おっさんは少し休んだ方が良くないか?」と心配そうである。
「いや、われならもう大丈夫だ。それより、詳しいことはわからぬが、何か変事があったのであろう、ギータ?」
聞かれたギータは、皺深い顔をクシャッと縮めて笑った。
「取り敢えず座って、話そう。さすがのわしも、こう立て続けに普通ではないことが起こっては、頭の整理がつかんわい」
皆も同感の様子で、感じた驚きを互いに話し合いながら大広間から隣の会議室へ戻った。
途中、ゾイアは立ち止まって、改めてクジュケに礼を述べた。
「本当に忝い。おぬしが見つけてくれねば、自分が誰なのかもわからぬまま、今頃は奴隷としてマオール帝国へ売られていたかもしれぬ」
クジュケは、切り揃えた銀髪を揺らして首を振った。
「とんでもないことでございます。わたくしが上手に誘導して差し上げれば、このようなご苦労をされずに回復されたでしょうに」
「いや、それは違う。われは赤目族に妙な術を掛けられていた。それを完全に解除するには、一旦白紙にする必要があったのだと思う。それに、禍転じてというか、以前よりもスッキリしている。再起動によって、不具合が直った気がするのだ」
「それは重畳」
笑顔で寿ぎながらも、クジュケは、『再起動』という言葉を聞いた瞬間だけ、おや、という顔をしていた。
二人が最後に会議室に入ると、ライナが「空いてるところに座っておくれ」と声を掛けた。
見ると、長方形のテーブルの正面にライナが座り、左側にウルスラとロック、右側にゲルヌ皇子とツイム、ライナと向かい合う手前側にギータが座っている。
ウルスラ、ゲルヌ、ギータの三人は子供用の高椅子である。
自然な流れで、ゾイアはロックの横に座り、向かい合うツイムの隣の位置にクジュケが着席する。
最初にギータが、ゾイアと初対面のツイムとゲルヌ皇子を、簡単に紹介しようと申し出た。
「色の浅黒い南方系の男がツイムじゃ。カリオテの出身じゃが、北方警備軍におった」
「おお、無論マリシ将軍より伺っている。ウルス王子をカリオテに送り届けるよう命じたとな。優秀な人材だが、元々船乗り故、そのまま故郷で家族と暮らせるよう兄に当たる人物にお願いしたと聞いたのだが」
ツイムは苦笑した。
「優秀かどうかはともかく、また、カリオテから飛び出してしまいましたがね」
ギータが続けてゲルヌ皇子を紹介しようとしたが、ゲルヌは「後でよい」と首を振った。
「余のことを説明すると長くなる。今は緊急の課題を話すべきだ」
ゾイアは、ほう、という口の形をして、感心したようにゲルヌを見た。
ギータも頷いて、「わかった。では、現状をざっとおさらいして置こう」とバロードの包囲軍のあらましを説明した。
愈々意見を出し合おうという段になって、先程の男衆の一人がバタバタと駆け戻って来た。
「お連れさまがお目醒めになられました!」
一斉に「おお」という声が上がったが、代表してクジュケが男衆に尋ねた。
「どのようなご様子ですか?」
男衆は少し困ったような顔になった。
「それが、帰りたいと仰っておりまして」
「帰りたい? ああ、バロードへですね」
「いえ、それが、『荒野の兄弟』の砦に戻りたい、自分の仲間が待っているからと言われております」




