234 サイカ包囲戦(2)
ドーラが王都バロンの聖王宮に出現したのと時を同じくして、廃都ヤナンの地下神殿にも、空中にポッと光る点が現れた。
光る点は、現れるや否や急激に大きくなり、球体となった。
「む、これは防護球だな」
「誰かが跳躍して来るぞ」
赤目族たちが騒ぐ間にも、光る球体はみるみる膨らみ、直径が人間の身長の倍近くなったところでパチンと弾けた。
中には真っ赤な目を光らせたカルボンが、大きく口を開けたままで固まっている。
と、その口が動き出した。
「それはわしのものだ! 返せ!」
そう叫んでしまってから、カルボンは異常に気づいて左右を見回した。
「こ、ここは……」
周囲には神官の服を着た赤目族たちが浮かんでいた。
その内の一人がスーッとカルボンに近づいて来る。
「どうしたズール? 跳躍かと思うたが、その様子では転送だな。しかも、時が止まっていたようだ。何があった?」
一瞬、カルボンは自分に話しかけられているのがわからなかった。
最早、赤目族の長ズールとしての意識は完全に吸収され、カルボンとしての自意識しかない。
「おお、そうか、わしのことだな。詳しいことは後で話す。とにかく、聖剣が奪われてしまった。相手はバロード王の母ドーラだ!」
時の狭間での出来事を知らないカルボンは、当然、そうなったものと思い込んだのである。
カルボンの目の前の赤目族は、「それは由々しき事だぞ!」と叫んだ。
その口調は、暗にカルボンを責めるものであった。
「バロードが干渉機を手に入れれば、われわれの存在が見つけられるのは時間の問題。一刻も早く、ここを立ち退かねばならぬ!」
カルボンは些かムッとして反論した。
「立ち退くといっても、どこへ行くのだ? 地上に出るつもりか?」
カルボンの目の前にいた赤目族は、スーッと後ろに下がった。
「教えることはできぬ。先程ズールの肉体が死んだ。これで精神を分離することは不可能となった。おまえに少しでもズールとしての自覚が残っていればともかく、そうでない以上、追放するしかない」
カルボンを取り囲む全ての赤目族の目が光った。
「おい! やめろ! うああああーっ!」
だが、無論バロードの側は、赤目族のことなど気にしている余裕もなかった。
『アルゴドラスの聖剣』を手に入れるどころか、これまでバロードの復活を支えてきた『アルゴドーラの魔剣』すら失ったのである。
聖王カルスも母のドーラも、怒りの矛先はサイカにいるウルスに、いや、ウルスラに向かった。
サイカに向けて進軍しているガネス将軍にも、改めてウルス王子の存在には斟酌せずに攻めよとの通達が来た。
「如何されますか?」
心配顔で尋ねる副官に、ガネスは面白くもなさそうに笑って見せた。
「おれたちは命令に従うのが仕事だ。やれと言われたことをやるだけさ」
「なれど、ウルス王子はお世継ぎ。もし、万が一のことがあれば、後になってわれらが責められるのでは?」
口答えする副官を叱りつけようとして、ふと、ガネスは首を傾げた。
「それもそうだな、ロム。落とし子のニノフは、ハッキリと敵に回った。ここでウルス王子まで失えば、王位を継承する者がいなくなってしまう。王が、あ、いや、聖王陛下が新しい妃を迎えるとしても、お世継ぎが生まれるのは更にその先だ。ウルス王子は、カルス聖王のご不興を買ったのかもしれんが、何しろまだ十歳だ。ニノフの阿呆とは違う。うむ。ここは何とか生かしたまま捕らえ、聖王に差し出すのが上策だな」
ロムと呼ばれた副官は、ホッとしたように「それでは、やはり包囲戦ですね」と微笑んだ。
ガネスも死んだ魚のような目で遠くを見ながら頷いた。
「ああ。とにかく逃がさぬようキッチリ包囲し、水・食料・兵士・情報の一切を遮断する。その後、少しずつ攻めながら、王子の身柄引き渡しを要求する」
「はっ。して、身柄確保の後は?」
ガネスはニヤリと笑った。
「一気に攻め滅ぼす」
その頃になって、漸くサイカ側も迫り来るバロード軍に気がついた。
発見がこれ程遅れたのは、警備隊長ドラドとして侵入していたドーラが情報操作していたからである。
早速ライナの屋敷で、『自由都市同盟』の会議が行われることになった。
本来なら他の自由都市の長も参加すべきところだが、既に通行が遮断されており、集まったのはサイカの関係者のみ、というより、いつもの面々であった。
長方形のテーブルの正面にライナが座り、左側にウルスとタロス、右側にゲルヌ皇子とツイム、ライナと向かい合う手前側にギータが座っている。
尚、ウルスとゲルヌだけでなく、ボップ族のギータも子供用の高椅子に座っている。
最初にウルスが詫びた。
「ぼくらのせいでサイカに迷惑をかけてごめんなさい」
バロード軍の表向きの進軍理由が、ウルス王子と従者タロスの身柄を返還せよ、ということであったからだ。
タロスも沈痛な表情で頭を下げている。
ライナが代表して「そんなことないさ」と慰めた。
「だって、あんたらが居ようが居まいが、いずれバロードは攻めて来るつもりだったはずだよ」
ギータも頷く。
「そうじゃ。逆に、もしウルス王子が居なければ、今頃サイカは火の海じゃったかもしれん」
ゲルヌが下を向いて、「人質か」と呟いた。
ウルスの顔が上下して、瞳の色が限りなく灰色に近いブルーに変わった。
「ええ、そのとおりよ。でも、わたしが心配しているのは、果たしてわたしたちに人質としての価値があるのかどうかなの。詳しくは言えないけど、きっと、父も祖母も、すごく怒っていると思うわ。場合によっては、亡き者にしようとさえ考えているかも」
薄く涙を浮かべてそう述べたウルスラに、ギータがクリッとした目を細めて首を振った。
「いや。それは違うのう」




