233 サイカ包囲戦(1)
商人の都サイカに向かう新バロード聖王国軍一万を率いているのは、ガネス将軍であった。
ガネスは、ニノフに王都バロンへの帰還を命じる使者を任されながら、機動軍五千共々辺境に逃げられ、面目を失って焦っていた。
何か名誉挽回の機会がないかと窺っている最中、『自由都市同盟』の噂を耳にして、討伐に名乗りを上げたのである。
中原の西半分を制覇しようとするバロードにとって、西南部の自由都市が団結するのは好ましくない。
早い段階で潰すべきであるとの意見が他の将軍たちからも出ており、誰が討伐軍を率いるのか、競争になっていたのだ。
ガネスは持ち前の押しの強さで、真っ先にカルス聖王に懇願しに来た。
カルスの父ドーンがそのサイカに向かう直前のことである。
聖王宮の謁見の間にカルスが姿を見せると、ガバッと平伏し、大声で願いを申し述べた。
「サイカ討伐は、是非とも某にお命じ賜りたく、伏してお願い申し上げ奉りまする!」
カルスは苦笑した。
「まだ討伐すると決まった訳ではない」
ガネスは顔を上げ、死んだ魚のような目に精一杯の熱意を籠めて食い下がった。
「なれど、サイカはウルス王子のお名前を利用して、周辺の自由都市の糾合を図っておりまするぞ!」
カルスの額にピリピリと血管が浮いた。
癇癪を起こすのを辛うじて抑え、後ろを振り返った。
「如何しましょう、父上?」
すでに旅装束を整えていたドーンは、少し考えてから頷いた。
「よかろう。余は龍馬で行くから今日中にはサイカに着く。向こうで何らかの職に就いて中の様子を探るつもりだ。例のものがすぐに手に入るとは限らぬが、軍勢がサイカに到着する前には片が付こう。その際には、ウルスを連れて帰ってもよいと考えておる。まあ、本人がどう思うか、特に、ウルスラの方がどう思うかわからんがな。いずれにせよ、それさえ終われば、サイカは潰してよいだろう。サイカが無くなれば、『自由都市同盟』など雲散霧消するわい」
「わかりました。それでは、向こうで何か不都合が生じた時にはお知らせください。討伐軍の方は、準備が整い次第進発させます」
「うむ。では、行って参る」
ドーンの後ろ姿を見送ると、カルスは平伏したままのガネスに向き直った。
「申し出の儀、相わかった。おまえにサイカ討伐を命ずる」
ガネスは、一旦顔を上げて喜色を見せ、急いでまた平伏した。
「謹んでお受けいたします! 必ずや吉報を持ち帰る所存にござりまする!」
「うむ。して、如何程連れて行く?」
ガネスは顔を上げ、笑顔で答えた。
「高々自由都市一つ、五千もおれば充分かと」
カルスは即座に首を振った。
「いや、それは無謀というもの。サイカは自由都市の中では、魔道師の都エイサは別格としても、最大規模の都市だ。しかも、エイサと違い、周りを高い城壁で囲っている。傭兵も最近大幅に増やして三千はおる。それに、同盟関係にある他の自由都市がどう動くかもわからぬ。一万は必要だ。連れて行け」
「ははーっ! 有難き幸せ!」
ガネスは大袈裟に感謝しながらも、内心、それぐらいだろうと踏んでいた。
カルスも、そこはわかっているらしく、些か辟易したような顔で続けた。
「軍の構成はおまえに任せる。どうするつもりだ?」
「はっ。攻城戦に準じる戦を想定し、騎馬兵と歩兵以外に、工兵を多数加えるつもりです。また、できますれば、全てバロード正規軍にて編成いたしたいと存じます」
カルスは微妙な表情をした。
「ほう。蛮族軍は要らぬか?」
ガネスは少し狡そうな笑顔になった。
「サイカにはウルス王子がおられます。万に一つもお怪我があってはなりません。統制のとれた軍でなければ、危のうございます」
暗に蛮族軍は言うことを聞かないと非難しているのだが、カルスはもっと恐ろしいことを告げた。
「おまえがやり易いならそれでもよいが、ウルスの身の安全を考慮する必要はないぞ」
ハッとしてカルスの顔を見上げたガネスは、その冷たい表情に背筋が寒くなった。
ガネス将軍がバタバタと準備を整え、一万の軍勢が王都バロンを出発してから数日後のことである。
執務室で一人戦略を練っていた聖王カルスは、何か異常な気配を感じて顔を上げた。
と、部屋の中央の空中に、ポッと光る点が現れた。
「む、これは?」
光る点は急激に大きくなり球体となったが、天井に届くかと思える程膨らんだところでパチンと弾け、中から人間が出現した。
それは、美熟女の姿のドーラであった。
怒りの表情のまま蝋人形のように固まっていたが、すぐに動き出した。
「……叩けぬよう、この時の狭間に封じ込めてやる! ん?」
ドーラは、目の前にいるのがサンジェルマヌスではなく、驚いた顔の自分の息子だと気がついた。
「おお、カルスか。すると、ここは」
「はい。聖王宮の中でございます、おふくろどの」
「そうか。ならば転送されたのじゃな」
そう言いながら、ドーラは疲れたように横の長椅子に腰掛けた。
カルスも自分の席を立って、ドーラの前の柔らかい革張りの椅子に座った。
「そのご様子では、上手く行かなかったようですね」
ドーラは、また怒りが込み上げて来たらしく、「あいつのせいじゃ!」と吐き捨てた。
「あいつ?」
「長命族のじじいよ!」
「ああ、サンジェルマヌス伯爵ですね」
「そうさ。あいつのせいで予定が狂うたわ。聖剣は奪えなんだ。それどころか、魔剣を消されてしもうた」
「えっ、サンジェルマヌスにですか?」
「ふん、あいつにそんな力があるものか。生意気なウルスラに決まっておろう! 但し、ウルスラは聖剣を持つ気はないと申しておったから、恐らくサンジェルマヌスが預かるはずじゃ。必ずや捜し出し、奪い返してやる!」
「そうでしたか。では、サイカ攻めは」
「最早遠慮することはない。徹底的に潰せ!」




