230 駆け引き(5)
サイカの審問所で、タロスと共にカルボンの話を聞いていたウルスラは、部屋の外から聞こえてくる笑い声が警備隊長ドラドのものと知って驚いた。
しかし、笑いながら入って来たドラドの姿を、目を細めて見ているうちに、もっと異常なことに気がついたのである。
「あなたは、魔道師なの? にしても、この理気力は……」
先程ドラドが部屋の扉を開けた時には、全く感じなかった理気力が、今は息苦しくなるくらいに強くなっている。
いや、これ程の力は、一般の魔道師とも桁違いであろう。
ドラドは声を出して笑うことは止めたが、面白くて堪らないという笑顔のまま、相変わらず目だけは笑わずに、落ち着いた声で喋り始めた。
「いやいや、すまぬ。黙って聞いていようと思っていたのだが、その男の作り話があまりにも面白く、笑わずにはいられなかった。話を途切れさせてすまなかった。どうか続けてくれ」
当然、激昂して食って掛かると思われたカルボンは、ウルスラと同じように目を細めてドラドを見つめている。
「きさま、何者だ?」
問われたドラドは、そのカルボンがついさっきした、両方の眉を上げた惚けた顔を真似て見せた。
「随分無礼な訊き方だな。昔馴染みを忘れたのか? おお、そうか、この姿だったからか。ならば、暫し待て」
ドラドは略式の鎧を脱いで薄い胴着だけになると、目を半眼に閉じ、深くゆっくりと呼吸した。
すると、筋骨隆々とした身体の線が、呼吸の度に柔らかくなり、女性的な丸みを帯びた曲線に変わってきた。
同時に、地肌が透ける程薄かった頭髪が伸び始め、肩よりも長い銀髪となった。
息を呑むウルスラの目の前で、ドラドは最早完全に女体化して、美熟女の姿となった。
だが、それで終わりではなかった。
身体の変化は止まらず、どんどん若返っていく。
髪の毛は銀色に光り輝いて腰の辺りまで伸び、顔も初々しい美少女となって目を開いた。
その姿でニッコリと微笑み、カルボンを見る。
「お久しぶりね、カルボン卿」
口を半開きにしていたカルボンは、悲鳴のような上擦った声で叫んだ。
「そ、そんな馬鹿な! おまえがドーラだなんて!」
その言葉に、ウルスラもハッとなって、ドーラだという美少女の顔を改めて見つめた。
ドラドであった時に感じた、どこかで見たような感じは益々強くなっている。
それは、若き日の父の面影であった。
そして、当然のことながら、ウルスラ自身にも似ている。
「お祖母さま?」
美少女の姿のドーラは微苦笑した。
「この姿で、そう呼ばれるのは少々こそばゆいが、そういうことになるのう。このような下賤な場所でなく、聖王宮で対面したかったが、まあ、致し方あるまい。そこで間抜け面をしている裏切り者のせいで、要らぬ苦労をさせたな、わが孫娘ウルスラよ」
遠回しに皮肉を言われたカルボンは、舌打ちして胸に手を当てようとしたが、ドーラが掌から見えない波動を出す方が早かった。
強烈な一撃に椅子ごと吹き飛ばされたカルボンは、そのまま背中から壁に激突した。
「ぐえっ!」
反射的にドーラに向かって長剣を抜こうと構えたタロスを、ドーラは「愚か者!」と叱責した。
「相手を間違えるな! おまえとてバロード王家の家臣であろう! そこな裏切り者を、疾く取り押さえよ!」
「御意!」
完全に気を呑まれ、ドーラの命令のままカルボンを捕まえようとするタロスに、カルボンは立ち上がりざま自分の椅子を投げつけた。
最小限の動きで椅子を躱したものの、タロスはカルボンの素早い動きに動揺してしまった。
だが、それがカルボンの力ではないことは、その真っ赤に光る目を見てわかった。
「赤目族?」
ロックがそういう存在に憑依されていたという話はクジュケから聞いていたため、タロスも咄嗟に立ち止まった。
その一瞬の隙をついて、カルボンは胸に手を当てた。
「うっ!」
タロスは頭を押さえて、その場に崩れるように倒れた。
その様子を見ていたドーラは、「ほう、多少は使えるようだのう」と感心したような声を上げた。
「それは、カルボン自身の力なのか? それとも、赤目族とやらの力なのか? だが、所詮使いこなすことはできぬわさ。隔力なら負けぬぞえ。さあ、返してもらおうか、わが聖剣を!」
ドーラが左手の指先で何かを摘むような仕草をすると、向かい合うカルボンの胸に当てていた右手が、見えない力でクイッと引き離された。
ドーラはそのまま指先の動きだけで、カルボンの腕を引っ張り上げる。
カルボンは抵抗して腕に力を籠めているようだが、圧倒的な力に逆らえないらしく、額から脂汗を流している。
ドーラは更に、右手で同じことをして、カルボンの左手も上に引っ張った。
カルボンに万歳させた状態を保持したまま、ドーラはタロスに「懐の中ものを取り上げよ!」と命じた。
タロスは躊躇ってウルスラの方を見たが、ウルスラも頷いている。
タロスがカルボンに近づいて懐に手を伸ばすと、「やめろ! そんな魔物に、これを渡してはならん!」と叫び、真っ赤に光る目で睨んでいる。
ドーラは、おかしそうに笑った。
「はてさて、魔物はどちらであろう? タロスよ、構うことはないぞ。聖剣は元々こちらのものだ。早くせよ!」
「はっ!」
再び手を伸ばすタロスに、カルボンは苦しげに叫んだ。
「よさんか!」
タロスは、身を捩って触らせまいとするカルボンの肩を押さえ、懐から細長い革の袋に入ったものを取り出した。
ドーラはやや焦り気味に、「でかした! さあ、こちらに渡せ!」と命じた。
だが、ウルスラが「駄目よ、タロス! それをわたしに投げて!」と叫んだ。
「はいっ!」
タロスの投じた革袋が空中に浮いた瞬間、ドーラがニヤリと笑い、見えない力で掴もうと、カルボンを放して手を伸ばした。
と、その手にスッと指輪が出現し、目も眩むような光が放たれた。




