229 駆け引き(4)
ウルスの祖母に当たる、旅の舞姫ドーラを魔女であると告発したカルボンに、ついに我慢し切れずタロスが吼えた。
「ふざけるな! 無礼にも程がある! 何を証拠に、そのような根も葉もないことを!」
長剣を抜こうとするタロスを、やはりウルスが止めた。
いや、既に瞳の色は、限りなく灰色に近い薄いブルーに変わっていた。
「待って、タロス! まだ話は終わっていないわ!」
カルボンはニタリと嫌な笑い方をした。
「おお、ついに姫君さまと御目文字が叶いましたな。宮宰の身でありながら、ご生誕から十年間、わしには知らされなかった。カルス王は、わしを信用されておられなかったのだ」
思わず長年の恨みが出たのか、『陛下』と呼ぶことさえ忘れている。
タロスは猶も怒りが治まらず、「結果として、そのとおりだったではないか!」と、カルボンを責めた。
睨み合う大人二人を、ウルスラは抑えた声で「二人とも落ち着いてちょうだい」と窘め、改めてカルボンに向き直った。
「わたしのお祖母さまが怪しいという話は、ガルマニアのブロシウスからも言われたわ。父上のご兄弟が、不可解な亡くなられ方をしたということも。でも、百歩譲っても、それは父上の責任ではないわ」
自分の父を弁護しながらも、ウルスラの声は沈みがちであった。
父の現状に思い至ったのであろう。
カルボンは、眉を両方上げて惚けたような顔で肩を竦め、「見解の相違ですな」と開き直った。
ウルスラは、何か言おうとするタロスに首を振り、カルボンに「続けてちょうだい」と促した。
わしは、実際に見たのですよ。
ピロス公の側女となったドーラという舞姫がコウモリに変身するのをね。
既にお子さまが、つまり、カルス王がお生まれになった後のことです。
困ったものだと思い、当時の宮宰であったわしの父に相談しました。
父は、当時まだ幼かった上の三人の公子の成長を待って、どなたかに少し早めに譲位していただき、ピロス公ご自身は郊外にでも隠居してもらおうと申しておりました。
父が何か告げたのか、それとも、怪しまれていると気づいたのか、ドーラは子供だけ残して失踪しました。
ピロス公は嘆かれましたが、わしの父を責めはしなかったようです。
その直後、父が馬で領内の視察に回っている際、突然、雷に打たれて死んだのです。
そのため、まだ十代であったわしが跡を継ぐこととなりました。
父のようにならぬよう、わしは用心しました。
なるべく目立たぬよう、日々の仕事に没頭するよう心掛けました。
今にして思えば、卑怯だったかもしれません。
しかし、わしはまだ若かった。何の力もありませんでした。
それに、こう申しては何ですが、高々荘園一つの領地しか持たない公爵家です。
とにかく、潰さぬようにすることが、わしの役目と割り切っておりました。
それが甘かったと知ったのは、その十数年後でした。
ピロス公が身罷るのと前後して、上の三人の公子が次々と亡くなったのです。
跡継ぎは、ドーラの残したカルス公子だけとなりました。
そうなればもう、他に選択肢はありません。
わしは、それまで接触する機会の少なかったカルスさまの屋敷を訪ね、公爵家の継承をお願いしました。
お返事は、なんと、否、でした。
驚いて理由をお尋ねすると、「バローニャ公爵などになる気はない。継ぐならば、バロードの王位だ」と仰いました。
わしは冗談だと思い、とにかく、お家の断絶だけは避けねばと、必死でかき口説き、公爵家を継承していただきました。
但し、カルスさまは、自分はいずれ必ず王になると宣言されました。
正直に申し上げると、ご自身の出自の卑しさから来る劣等感の裏返しだと高を括っておりました。
カルスさまは、当時は自由都市であったバロンを度々訪問されるようになりました。
それから間もなく、その地に残っていた貴族や軍人の末裔を糾合して、アッという間に王国を築かれたのです。
無論、わしとて喜ばなかった訳ではありません。
悲願の王家再興ですからな。
しかし、どうしても胡散臭さを禁じ得ませんでした。
あまりにも早い展開に、何らかの外法を使われたのではないかと疑いました。
実は、カルス王が望まれていた『アルゴドラスの聖剣』を、王に渡さぬようにエイサの長老たちに働きかけたのも、このわしです。
その後も密かに内偵を続けていると、王のお部屋の窓から出て行く白いノスフェルを目にしたのです。
それは、かつてドーラが変身したものと似ておりました。
ドーラ本人が舞い戻って来たのか、或いは、その眷属の魔物なのか、いずれにせよ、カルス王がその力を借りたのは間違いないと思います。
わしは、どうすべきか悩みました。
王を弾劾することも考えました。
ですが、結局、その時は何もしませんでした。
もし、外法によって王国が築かれたにせよ、暮らしている国民が幸せなら、それで良いではないかと思ったからです。
ところが、その頃急激な拡大政策を採っていたガルマニア帝国から、属国にならなければ攻撃するとの通告が来ました。
理不尽極まりない要求ですが、当時の新バロード王国には、それを跳ね返す程の兵力もありませんでした。
わしは、大きな犠牲を出すより、受け入れましょうと王に進言しました。
ゲール皇帝の性格を考えると、下手に抵抗して国を潰されるより、たとえ自治領となっても、せっかく再興したバロードを残す方が良いと思ったのです。
しかし、カルス王の答えは激烈でした。
わしを裏切り者と決めつけ、蟄居謹慎の上、追って斬首と申し渡されました。
わしは已む無く、叛旗を翻すことにしたのです。
不快な思いを我慢してカルボンの話を聞き続けているウルスラの耳に、笑い声のようなものが聞こえてきた。それも部屋の外からである。
「ちょっと待ってちょうだい」
ウルスラがカルボンの話を止めると、一層ハッキリと笑い声が響く。
と、扉が開き、警備隊長のドラドが笑いながら入って来た。
だが、その目は少しも笑っていなかった。




