228 駆け引き(3)
ライナが、ウルスとカルボンの話し合いの場として提供してくれた門の近くの審問所とは、元々は穀物蔵であったらしい。
昔の名残りで、使わなくなった道具類などが、雑然と置いてある。
今はその内部を幾つかに区分けして、サイカの城壁内に入って来ようとする不審な人物や荷物の取り調べに使われているという。
ライナは日常の仕事に戻るとのことで、一行は審問所の役人に案内されるままに奥へ進んだ。
カルボンは明らかにこの待遇に不満のようであった。
そんなカルボンの様子を、タロスは警戒心を露わにして睨み続けている。
ウルスだけは、物珍しげに周囲を見回しながら、頻りに感心していた。
「ほら、見て、タロス! あれは脱穀機だよ。あっ、こっちは石臼だ! すごいね。勿論、作物を育てることが一番大事だけど、こうして保管された穀物が食べ物になって、ぼくらの生活を支えているんだね」
「はあ」
残念ながら、タロスはカルボンへの怒りと憎しみを抑えるのに精一杯で、ウルスの他愛のない感想など耳に入っていない。
自分の野望にしか興味のないカルボンは尚更である。
ウルスの言葉に反応したのは、案内している役人であった。
役人はライナから、ウルスを旅芸人一座の子供だと聞かされていた。
「おお、坊主、いいこと言うな。そうとも、おれたちの住んでる地域は農業に向かない。商売をして稼いだ金で食料を買うしかないんだ。幸い気候が乾燥してるから、蔵に積んどけば一年以上保つ。そうやって、ずっと生き抜いてきたのさ。ライナさまは、そういう庶民の暮らしに、ちゃんと目が届いてる。戦争ばっかり繰り返してる他所の国の王さまたちに、ライナさまの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいよ」
「そうだね」
そう答えながらも、ウルスは恥ずかしさで少し頬を赤らめた。
奥の部屋の前に、年配ながら筋骨隆々とした男が立っていた。
白髪だがかなり薄くなっており、地肌が透けて見えている。
案内して来た役人は、その年配の男に「ドラド、鍵を開けよ」と命じた。
「はっ」
ドラドと呼ばれた男が部屋の鍵を開け、中に案内の役人が先に入った。
「どうぞ、自由に使ってくれ。ここは元々留置場として作った部屋だが、現在は内密の話をするために使っている。鍵も掛けられるが、そこまでする必要がなければ、扉の前に警備隊長のドラドを立たせておく。入ったばかりだが、信用の置ける男だ。何かあれば、ドラドに声をかけてくれ」
役人は、ドラドに「頼むぞ」と言って、戻って行った。
ウルスは、何故か警備隊長のドラドという男に見覚えがあるような気がしたが、思い出せぬまま部屋の中に入った。
タロスが後に続き、カルボンは「ふん」と鼻を鳴らして、仕方なさそうに入って来た。
ドラドが「鍵はどうされますか?」と尋ねた。
タロスが「いや、開けておいてくれ」と答え、ウルスに「よろしいですね?」と念を押すと、ウルスも頷いた。
ドラドは「では、何かご用の際は、いつでも声をお掛けください」と告げて扉を閉めた。
部屋の中には、四角いテーブルと簡単な木の椅子があるくらいで、殺風景そのものであった。
ウルスが先に座り、「ちょっと低いね」と笑った。
テーブルの上に肩から上くらいしか出ない。
タロスが「少々お待ちを」と言って、部屋の隅に積んであった藁を適量取り、自分が羽織っていた上着を脱いでそれを包み、ウルスの椅子の上に乗せて高さを調整した。
「ありがとう、タロス。さあ、カルボン卿も、座ってください」
苦虫を噛んだような顔で立っていたカルボンは、フーッと息を吐いて、ウルスの向かい側に座った。
タロスは座らず、横に立って長剣の柄に手を置いている。
ウルスが苦笑して、「タロス、悪いけど、少し離れて」と頼んだ。
「ですが」
「大丈夫だから。ねえ、カルボン卿?」
カルボンは先程までと打って変わったような笑顔で、「勿論ですとも、殿下」と請け合った。
逆にタロスは苦い顔で、二三歩後ろに下がる。
ウルスは一つ深呼吸をして、「どうぞ、カルボン卿」と促した。
カルボンも作り笑顔を消し、話し始めた。
それでは、折角の機会をいただきましたので、お話しさせていただきます。
但し、包み隠さず申し上げますので、殿下には聞き辛い点も多々あろうかと思いますが、何卒ご容赦ください。
さて、殿下もご存知のように、わしの家は代々バロード王家の宮宰を務めております。
尤も、わしが生まれた頃にはすでに王家ではなく、公爵家でしたが。
当時の魔道士の都エイサは、戦乱の世であることを忘れさせるような穏やか田園都市で、わしらが住んでいたバローニャも比較的豊かな荘園でありました。
当主のピロス公は優しいお方で、三人の男子にも恵まれ、お家は安泰と誰もが思っておりました。
それが狂ってしまったのは、ある日バローニャを訪れた、ドーラと申す旅の舞姫の所為でした。
ドーラは、踊りが巧みなだけではなく、歴史・音楽・芸術、何を語らせても、文化人を自認するピロス公を唸らせる程、話術にも長けておりました。
ピロス公は忽ちその魅力の虜となり、ご自身初めての側女にされたのです。
ああ、孫であられる王子に、このような話をお聞かせして、本当に申し訳ございません。
なれど、バロード家は、そもそも中原全体を支配した聖王家の末裔です。
その全盛期には後宮があるのが当たり前でした。
側女自体が問題となることなどございません。
しかし、別の問題がありました。
ドーラは、魔女だったのです。




