227 駆け引き(2)
カルボンが商人の都サイカの門に近づく少し前、ウルスとタロスは最近では珍しく二人きりで外を歩いていた。
切っ掛けは、父のゲールに似て剣術に興味があるゲルヌ皇子が稽古をしたいと言い出し、ウルスを誘ったことにある。
剣術が苦手なウルスの気持ちを察したツイムが、「良ければ、おれと一緒にギータんとこに行きましょう」と連れ出してくれた。
久々に主従二人となったが、タロスもウルスが億劫がって出歩かないことを気にしており、せめて近所を散策しようということになったのである。
「何だか夢のようだね。こうしてタロスとのんびり歩けるなんて」
「真に。かつて、スカンポ河の傍まで追い詰められた時には、このような日が来ることなど想像だにできませんでした」
「そうだね。あの時ゾイアが来てくれなかったら、ぼくもタロスも生命はなかった」
「全くです。そのゾイア将軍が行方不明とは、わたしも他人事とは思えませぬ」
「タロスもあの時、記憶を失くして行方がわからなくなったからね」
「はい。それもこれも、元はと言えば、あの憎き裏切り者の」
その時、門の方が騒がしくなり、タロスは「ちょっと様子を見てきます」と走って行った。
往来の真ん中で、ポツンと一人残され、ウルスは困った顔になった。
あの悪夢のような戴冠式でウルスラが自分の存在を告白して以来、どうしても人々の好奇の目に晒されることが多くなり、ウルスは人前で一人になるのが少し苦手になっている。
部屋に引き籠りがちになっているのも、そのせいであった。
無論、このサイカに来てからは、ホンの一部の人間にしか正体を明かしていないから、周囲の人間は何も気づかずに通り過ぎて行く。
仲間のいるところでしかウルスラの姿を見せていないし、気にする必要など殆どないのだが、ウルスは焦り気味にタロスの後を追った。
門の手前側に人だかりができている。
門の外からは、激昂した男の声が響いて来た。
「無礼にも程がある! 聞きたいなら、ここへ下りて参れ!」
ウルスの顔色が変わった。
「あの声は、まさか……」
同じ声を聞いたタロスが、人混みを掻き分けて前に出ようとしている。
と、ウルスは立ち止まって俯き、顔を上げると瞳の色が変わっていた。
「あの声は多分カルボンね。タロスが早まったことをしないように、止めるのよ」
再び顔が上下した。
「だって、母上の仇だよ!」
「そんなこと、わたしだってわかっているわ。でも、今はもう復讐の時ではないのよ。カルボンはすでに国を追われた。あの父上によってね。その前後の状況や、それ以外のことも、あの男は知っているはず。わたしたちにはその情報が必要なの。それを訊き出すまで、あの男を生かしておくのよ」
ウルスに戻り、不承不承「わかったよ」と頷いた。
門の方からライナの声が聞こえた。
「さあ、下りて来てやったよ。わたしがライナさ。あんたも名乗りな」
「わしはカルボン卿だ。つい先日まで、バロード共和国の総裁であった」
「何だって! 嘘を吐くにしても、もう少しマシなことを言いな!」
「嘘など吐かん。正真正銘、わしはカルボンだ」
「あんた、頭は大丈夫かい? もし、本当にカルボン卿なら、この中原に、あんたの居場所なんか、どこにもないよ!」
タロスが「そのとおりだ!」と叫びながら門の前に出た。
手には長剣を握っている。
「よくも平気な顔で外が歩けるな、この裏切り者め!」
「タロスか。おまえ如き雑魚に用はない。ここにウルス殿下がおられるだろう? わしは、殿下と話しをするために来たのだ。取り次げ!」
「駄目だ! この場で成敗してやる! 馬から下りて、首を差し出せ!」
追って飛び出したウルスが、「待って!」とタロスを制止した。
それを見るなり、カルボンはバッと馬から飛び降り、ウルスの足元に駆け寄ると、身を投げ出すように平伏した。
「お懐かしうございます、ウルス殿下! よくぞご無事で!」
横のタロスが「よくも白々と!」と剣を振り上げるのを、また、ウルスが止めた。
「待ってよ、タロス。ぼくだって、母上を殺された恨みを我慢してるんだ。かれだって、それはわかった上で、ここに来てる。とすれば、それなりの理由があるはずだよ。その理由を聞いてから、かれをどうするか、考えてもいいんじゃないかな」
カルボンは必死の形相で顔を上げた。
「有り難き幸せ! わが生命はもう無いものと覚悟いたしておりまする。しかし、何卒弁明の機会をお与えください。然る後に、ご提案いたしたきこともござりますれば!」
カルボンは、ハラハラと落涙した。
ウルスは反吐が出そうになるのをグッと堪え、ライナに向かって頼んだ。
「ライナさん。申し訳ありませんが、この者と少し話をしたいので、どこか場所をお借りできますか?」
ライナは苦笑した。
「優しい坊やだね。おお、失礼、王子さまだね。わかったよ。本来なら、この男を門前払いするところだが、あんたに免じてわたしの街に入れてやろう。但し、この門の近くの審問所だ。いいかい?」
カルボンは一瞬嫌な顔をしたが、ウルスが「勿論ですとも」と即答したため、「ははーっ!」と頭を下げた。




