226 駆け引き(1)
自分に憑依した赤目族の人格を吸収し、バロード奪還の野望に燃えるカルボン卿は、流浪の王子ウルスが潜伏しているという商人の都サイカを目指していた。
せっかく手に入れた『アルゴドラスの聖剣』も、聖王家の血筋としては傍流のそのまた傍流であるカルボンには、その力を充分に引き出せないからである。
武将としての経験も豊富な庶兄のニノフの説得には失敗したが、まだ子供のウルスなら騙せるのではないかと、カルボンは思っている。
だが、一つ大きな問題があった。
ウルスにしてみれば、カルボンは、ウルスの父カルス王に謀叛を起こして国を奪い、母である王妃を殺し、自分自身も命を狙われた、不倶戴天の仇なのである。
そこで、ヤナンでは、赤目族の地下神殿に誘い込んで洗脳しようとしたものの、事前に逃げられた。
あの時は、赤目族の長ズールとしての人格が主体となって罠を仕掛けたが、今回はあくまでもカルボンとして対面するため、そこを避けては通れない。
「まあ、何とか誤魔化せるだろう」
ズールの意識と融合して以来、カルボンはやや自信過剰となっており、馬に揺られながら、そう独り言ちた。
やがて前方にサイカが見えて来た。
市街をぐるりと城壁が囲んでいる。
城壁に唯一ある小さな門の前には、長槍と盾を持った門番が両側に立っていた。
国を追われた身であるカルボンは、当然通行証など持っていない。
しかし、下馬することさえせず、平気な顔で通り抜けようとした。
忽ち、門番から長槍を突き付けられた。
「おい、こら! 馬から下りて、通行証を見せんか!」
カルボンは、頬の痩けた陰気な顔を真っ赤にして怒鳴った。
「無礼者! わしの顔を知らんのか! おまえは斬首だ! 責任者のライナとやらをここに呼べ!」
すると、上の方から「わたしなら、ここにいるよ!」と声がした。
アーチ状の門の上は矢狭間があり、さらにその上に門楼がある。
その門楼から突き出した露台から身を乗り出すようにしている女が見えた。
年齢の頃は三十代半ばほどであるが、身に纏っている真っ白な長衣は、身分の高さを思わせた。
遠目でも、キリリとした美貌の持ち主であることが見て取れる。
サイカの実質的な支配者ライナであった。
「わたしはあんたの顔を知らないが、どこの何様なんだい?」
バルコニーから質問されたことに、カルボンは更に激昂した。
「無礼にも程がある! 聞きたいなら、ここへ下りて参れ!」
「面倒くさい男だねえ。わかったよ。待ってな!」
ライナが下りて来る間も、門番はカルボンに向けた槍を少しも逸らさない。
それが一層カルボンの苛立ちを募らせているようだ。
用心棒らしき男たちを数名引き連れて、ライナが門から現れた。
「さあ、下りて来てやったよ。わたしがライナさ。あんたも名乗りな」
カルボンはムッとしたが、これ以上揉めるのは得策ではないと思ったのか、「よかろう」と答えた。
但し、用心のためか、馬からは下りない。
「わしはカルボン卿だ。つい先日まで、バロード共和国の総裁であった」
「何だって!」
ライナは驚くというより、呆れた顔になった。
「嘘を吐くにしても、もう少しマシなことを言いな!」
「嘘など吐かん。正真正銘、わしはカルボンだ」
「あんた、頭は大丈夫かい? もし、本当にカルボン卿なら、この中原に、あんたの居場所なんか、どこにもないよ!」
カルボンが何か言い返そうとした時、ライナの後ろから「そのとおりだ!」という声がして、大柄な男が出て来た。
怒りで顔色が変わったタロスであった。
手には長剣を握り、カルボンを睨みつけている。
「よくも平気な顔で外が歩けるな、この裏切り者め!」
対応を一歩でも誤れば、即座に殺されかねない状況だが、カルボンは鼻で笑った。
「タロスか。おまえ如き雑魚に用はない。ここにウルス殿下がおられるだろう? わしは、殿下と話しをするために来たのだ。取り次げ!」
「駄目だ! この場で成敗してやる! 馬から下りて、首を差し出せ!」
今にも斬り掛かりそうな勢いのタロスを、門の奥の方から「待って!」と制止して、ウルスが姿を見せた。
騒ぎを聞きつけたのであろう。
その直後のカルボンの行動こそ、驚くべきものであった。
バッと馬から飛び降り、ウルスの足元に駆け寄ると、身を投げ出すように平伏したのである。
「お懐かしうございます、ウルス殿下! よくぞご無事で!」
横のタロスが「よくも白々と!」と剣を振り上げるのを、また、ウルスが止めた。
「待ってよ、タロス。ぼくだって、母上を殺された恨みを我慢してるんだ。かれだって、それはわかった上で、ここに来てる。とすれば、それなりの理由があるはずだよ。その理由を聞いてから、かれをどうするか、考えてもいいんじゃないかな」
頭を下げたままカルボンはニヤリと笑ったが、すぐに笑顔を消し、必死の形相で顔を上げた。
「有り難き幸せ! わが生命はもう無いものと覚悟いたしておりまする。しかし、何卒弁明の機会をお与えください。然る後に、ご提案いたしたきこともござりますれば!」
演技も命懸けならここまでできるものなのか、カルボンは、ハラハラと落涙さえして見せたのである。




