224 異形(3)
飛びながら逃げる異形のゾイアは、両腕にロックとクジュケを抱えているため、追って来る東方魔道師たちに対し、自らの棘のような毛を飛ばして撃退しようとした。
だが、致命傷を与える程ではなく、再び追い掛けて来ている。
「どうするよ、おっさん!」
ロックの問いに「うむ」と言ったまま返答に窮しているゾイアに、クジュケが「わたくしを放してみてください」と提案した。
「良いのか?」
「はい。エ、いえ、あの地から遠ざかったせいなのか、或いは、今のゾイア将軍の攻撃で東方魔道師たちの集中が途切れたのか、わたくしの魔道が回復したように思われます」
クジュケは迂闊にエイサの名前を言いかけてしまった。
が、ゾイアは気づかなかったのか平静を保ったまま、「わかった。万が一、危険と思ったら大きな声を出してくれ」と念押しして、クジュケだけ腕から放した。
当然、ロック側に傾いて、ロックがまた「うわっ!」と声を上げたが、ゾイアはすぐに両手に持ち替えた。
ゾイアを離れたクジュケは、俯せの状態で落下していたが、ピタリと空中で停止し、再び上昇してゾイアに並んだ。
「魔道は、何とか八割方回復というところですが、わたくしは元々戦闘力が高くありません。わたくしがロックどのをお預かりいたしましょう。ゾイア将軍は、存分にお闘いください」
「おお、そうか。では、頼む」
自分の身の危険を察知したロックが、「おい!」と抗議する間もなく、ゾイアは手を離した。
「うわわわっ!」
落下するロックの背後にまわったクジュケが、両脇から腕を差し入れて抱き留め、空中停止した。
「おいっ、尖がり耳! おいらを落っことすなよ!」
「心配ご無用です」
一方、重さから解放されたゾイアは反転し、追手の方へ向かった。
人間の口が付いていた長い舌を引っ込めると、魔獣のような叫びを上げて、東方魔道師たちに襲い掛かる。
魔道師たちも、手に手に短剣を持って反撃して来た。
ゾイアは翼を少し縮めて小回りが利くように調整し、細かく方向転換して短剣の攻撃を躱しつつ、長い多関節の腕を伸ばして鉤爪で相手の短剣を持った手を引っ掻いた。
と、魔道師の一人がゾイアの背後に廻り、短剣を投じてきた。
しかし、ゾイアは振り返ることすらせず、長く伸びた尻尾でそれを叩き落とす。
相手が浮足立ってきたところで、ゾイアは腹側に残っていた棘のような毛を全部立て、次々と飛ばした。
更に、尖った歯がビッシリ生えた口を大きく開けてもう一度咆哮すると、東方魔道師たちは戦意を喪失したらしく、バラバラに逃げ散った。
ゾイアはクジュケの傍に戻り、大きな口から舌を伸ばして、小さな人間の口を出し、クジュケに確認した。
「一応、逃げたと思うが、どうだ?」
「そうですね。但し、このままでは航跡を追われる虞があります。一旦、地上に降りましょう。わたくしたちの食事や給水も考えねばなりませんし」
「おお、そうだな。この近くにある自由都市にでも寄るか」
「ですが、その前に」
ゾイアの舌先の小さな口が笑った。
「全くだ。その前にこの身体を何とかせねば、どこへも行けぬな」
ロックが、「おっさんなら、大丈夫さ!」と励ます。
クジュケも頷き、「わたくしもそう信じております」と断言した。
「われも、そう信じたい。おお、ちょうど下に小さな茂みが見える。おそらく湧き水があるはずだ。あの辺りに着地しよう」
ゾイアが降下するのに合わせ、ロックを抱えたクジュケも徐々に高度を下げた。
湿潤な中原の東南部と違い、一行が向かっているサイカのある西南部は乾燥気候であるため、点在する湧き水のある場所にだけ植物が繁茂している。
逆に、植物があれば、そこには湧き水があるということになるのだ。
ゾイアが灌木を避けて草地に着陸すると、周囲からザーッと一斉に鳥が飛び立った。
「ほう。鳥がいるということは、果実があるかもしれんな」
異形のゾイアが舌先の小さな口で、そう感想を述べているところへ、クジュケとロックが下りて来た。
「良さそうなとこだね! 食い物もありそうだ!」
燥ぐロックを下ろすと、さすがに疲れた様子のクジュケが、「油断は禁物です」と警告し、目を細めて周囲を見回した。
ロックは口を尖らせ、「なんだよ、少しぐらい、いいじゃんか。せっかくエイサから逃げて来たのにさ」と不満を述べた。
「ぐおっ!」
突然、ゾイアが叫び声を上げたため、ロックはまた敵が来たかと驚いたが、その気配はなかった。
だが、ゾイアはブルブルと震え、込み上げて来る激情を堪えているようだ。
「あっ、すまねえ、おっさん。特に今は、言っちゃいけない言葉だったね」
謝るロックを、いつもなら窘めるはずのクジュケは、ジッとゾイアの変化を見て、声を低めて話し掛けた。
「ゾイア将軍。少し荒療治になるかもしれませんが、もう一言、もっと強力な言葉をお聞かせしても、よろしいでしょうか?」
ゾイアは震えながらも、小さな口から「うむ。やってみてくれ」と頼んだ。
クジュケはゆっくり息を吸うと、大きな声で言った。
「イサニア!」
「ぐああああああーっ!」
ゾイアの身体が、一気に膨らみ、出鱈目な位置に沢山の手足や目や口が出現した。
ロックが「大丈夫かよ」と不安な声を出したが、クジュケは何も答えずに変化するゾイアを見つめている。
と、限界まで膨張したらしいゾイアの身体が、急速に縮み始めた。
同時に眩く光り出す。
更に全体が丸みを帯び、ついに、林檎の実ぐらいの光る球体となって空中に浮いている状態で、変化が止まった。
「おっさん!」
泣くように叫んでその球体に触ろうとしたロックを、クジュケが普段と違う大声で止めた。
「それに触れてはなりません!」




