221 逃走と追跡(3)
巡礼の姿でエイサに入ろうとしていたロックとクジュケは、突然、衛兵に囲まれてしまった。
しかも、衛兵たちは一斉に槍を構えて、二人に穂先を突き付けたのである。
ロックに心配無用と言った手前、クジュケは自ら衛兵たちに問い質した。
「何かのお間違えではございませんか? わたくしどもは旅の巡礼。エイサにあるというルードの泉の聖水を、一口だけでも頂戴しようと、遥々とやって参りました。決して怪しい者ではありません」
一人だけ槍ではなく長剣を手にした隊長らしき男が、クジュケの弁明を遮った。
「黙れ! 逃亡中の手配犯は、銀髪の耳が尖った中年男と、沿海諸国生まれらしい若者の二人連れと聞いておる。申し開きがあるなら、自警団長さまの御前でせよ!」
「自警団長?」
訝るクジュケの袖を、ロックが横から引いて囁いた。
「おいっ! ヤバいぜ、ズラかろう!」
クジュケも小さく頷き、「仕方ありませんね。出直しましょう」と囁き返して、何かをしようとした。
「む! これは!」
「どうしたんだよ?」
「わたくしの魔道が封じられたようです」
「何だって!」
ロックは、つい大きな声を上げてしまった。
隊長が「抵抗する気か!」と叫んで、長剣を振り上げた。
衛兵たちも槍を構えたまま、ザッと一歩前に出る。
クジュケはロックに「一先ず、かれらに従いましょう」と告げると、隊長に頭を下げた。
「申し訳ございません。田舎者にて、不調法がございましたのなら、お詫び申し上げます。何か誤解されておられるようですので、その自警団長さまとやらに、わたくしからご説明させていただきましょう」
隊長は「抵抗するなよ」と念押しして、衛兵たちに「この者たちに縄を掛けよ!」と命じた。
後ろ手に縛られながら、ロックが「こいつら随分ビビッてやがる」と皮肉を言ったため、クジュケは「しっ!」と窘めた。
事実、巡礼姿のため丸腰の二人を槍で囲みながらも、衛兵たちは怯えているようであった。
そのまま、二人は近くの塔に連れて行かれ、そこで待っていた異様な風体の男たちに引き渡された。
一見、魔道師のマントに似たものを羽織っているが、ずっと丈が長く、足元まで覆っている。
フードは付いておらず、その代わり鍔広の黒い帽子を頭に乗せていた。
皆、一様に体毛が薄く、目が細い。マオール人であろう。
クジュケは「ほう」と呟いたが、男たちに案内されるまま中に入り、ロックもフンと鼻を鳴らしながらもその後に続いた。
男たちは全く無言で、二人に掛けられた縄の先を持ってズンズン進んで行く。
その先で螺旋階段を昇りながら、ロックは沈黙に堪えられなくなったのか、小さな声でクジュケに尋ねた。
「あんたは、ここに来たことあるんだろ?」
クジュケは苦笑して、何も言わずに首を振った。
クジュケもかつてはエイサに住んでいたのだが、実は、この塔に入るのは初めてであった。
当時から外交の才を買われていたクジュケは、他国との交渉で中原中を飛び回っていたため、百を超えると言われたエイサの塔全てに入るような余裕も、また、その必要もなかったのである。
だが、今はそれを説明していられる状況ではない。
やがて、頂上近くの部屋の前で男たちは止まり、扉を開けて二人に入るように促した。
男たちは中には入れないらしく、扉の外に待機している。
二人が中に入ると、外が見える大きな窓を背にした執務用の机に、でっぷりと太った男が座っていた。
室内にも拘らず、案内して来た男たちと同じ鍔広の帽子を被っている。
どことなく、ガルマニア帝国のチャドス宰相に似た風貌であった。
その細い目は、真っ直ぐにクジュケの顔を睨んでいる。
「部下たちが大変世話になったようだな。アルアリ大湿原で腰まで泥に埋まり、危うく死にかけた者もおる。只で済むと思うなよ」
クジュケは皮肉な顔で「おお、それはお気の毒でしたね」と返した。
太った男は、ダンと机を叩いた。
「舐めるな! 今、おまえは魔道を封じられておるのだぞ! 生かすも殺すも、東方魔道師自警団の団長である、このチャロアさまの胸三寸と知れ!」
だが、クジュケは一向に怯まず、言い返した。
「わたくしは、追われたから逃げただけでございます。追って来られた方々の身の安全までは責任が持てませぬ。しかも、ここはマオロンではなく、エイサです。あなたに、わたくしたちを捕まえる権限などないはず。さあ、魔道の封印を解いて、わたしたちを自由にしてください」
チャロアは憎々しげに、またダンと机を叩いた。
「権限だと? あるに決まっておろう! 先日、エイサとマオロンは姉妹都市となり、わしはエイサの自警団長も兼ねることとなったのだ。おまえは上手くわしらの追跡を撒いたつもりだろうが、跳躍の航跡を辿ってエイサに向かうと知り、先回りしたのだ。さあ、痛い目に遭わぬ内に言え! 獣になる男は、今どこにいる? 隠すとためにならんぞ!」
何かまた皮肉を言ってやろうと口を開きかけたクジュケの顔が、驚愕に引き歪んだ。
目を見開いて、チャロアの後ろの窓の外に視線を向けている。
「そんな……」
チャロアは苦笑して、「つまらぬ小芝居をしおって」と言いつつ、窓の方を振り返った。
が、その細い目は張り裂けそうに開かれ、その口からは呻き声が漏れた。
「げえっ!」
窓の外には、異形としか言い様のないものがいたのである。




