218 ガイの里(3)
ガイの里で捕まったロックは、従兄のリゲスから、今夜火炙りにすると告げられたのであった。
椅子に縛り付けられているため、ロックはリゲスの方に首だけ捻じ向けた。
「な、なんでだよ!」
リゲスは狡そうに嗤った。
「決まってるじゃねえか。おまえの大事なゾイア将軍に助けに来てもらうためさ。親友が無実の罪で火炙りにされると聞いたら、矢も楯もたまらず、すっ飛んで来るさ。まあ、普通に闘ったら敵わないだろうが、こっちには人質がいるからな」
「おっさんはそんなに馬鹿じゃねえよ! 罠だってすぐに気づいて、出て来るもんか!」
リゲスは惚けた顔で肩を竦めた。
「まあ、ゾイアが来なきゃ、おまえの身体が、こんがりと焼けるだけさ。おまえが食った毒蛙みてえにな」
リゲスは自分の冗談にウケけて、吹き出した。
が、ロックにとっては笑い事ではない。
「ざけんな! おいらの縄を解け! ぶん殴ってやる!」
リゲスは嘲笑った。
「相変わらず威勢だけはいいな。精々今のうちに吠えとけよ」
リゲスは後ろを振り返って、「こいつを運び出せ!」と命じた。
再び黒尽くめの者たちが入って来て、椅子ごとロックを担ぎ上げた。
「やめろ! おいらを焼いたって、うまくねえぞ!」
喚き続けるロックに構わず、ガイ族たちは一言も喋らずに外に出た。
既に日が沈みかけており、異様に赤い夕焼け空になっている。
リゲスやガイ族に何を言っても無駄だと悟り、ロックは、どこか近くにいるかもしれないゾイアに向かって叫んだ。
「おっさん! これは罠だ! 出て来るんじゃねえぞ!」
だが、ロックの声は、夕焼けの空に虚しく響くだけで、何の反応もない。
そのまま、野原の真ん中に堆く積まれた枯れ枝がある場所まで連れて来られた。
ガイ族たちは、その枯れ枝の上に、ロックを縛り付けた椅子を乗せて固定した。
ロックが藻掻いても、ビクともしない。
「くそう! おっさん、来るなよ!」
その様子をニヤニヤ笑いながら見ているリゲスの手には、火が点いた松明が握られている。
「もう少し暗くなってから、枯れ枝に点火するつもりだ。その方が目立つからな。それにしても、こんだけの枯れ枝を集めるのは大変だったらしいぜ。この辺りじゃ、木そのものが少ない上に、大体が湿気ってる。ガルマニア帝国領のガルム大森林の近くまで行って、命懸けで拾って来たってよ。涙ぐましいだろ?」
リゲスの皮肉に、ロックは言い返さずにはいられなかった。
「ふん! だから、焼かれるおいらに感謝しろってか、馬鹿馬鹿しい! それにどうせ、こいつら金目当てじゃねえか!」
すると、ロックを運んで来たガイ族の一人が、スッと前に出て来て、喋り始めた。
その声は、女長だというバドリヌのようであった。
「金、勿論、欲しい。おまえも、見たように、ガイの里、住むには辛いところ。皆、病気で、太陽の光、浴びられない身体。せっかく、ヤナンに移住しようと、カルボンの下で働いたのに、全て、水の泡。新しい住処、行くのに、金が、必要」
ロックは鼻で笑った。
「馬鹿だな。たとえ、おっさんを捕まえたとしても、リゲスの野郎が分け前をくれるもんか。従弟のおいらが言うんだから、間違いねえよ」
黙ったままのガイ族たちに、目に見えて動揺が走った。
リゲスは慌てて否定した。
「おいおい、おれの言ったことより、コソ泥あがりのこいつを信用するのか。約束どおり、賞金は山分けさ。さあ、もう日も暮れた。今から火を点けるから、おまえたちは持ち場につけ!」
自分に対する疑惑を誤魔化すように、リゲスは枯れ枝に松明を近づけた。
しかし、枝が乾き切っていないようで、なかなか燃え移らない。
「くそっ! だから、こんな湿気ったところは厭なんだ!」
悪態を吐きながら、リゲスが松明を押し当てているうちに、少しずつ枯れ枝が燃え始めた。
「よしっ! さあ、いいぞ、もっと燃えろ!」
ロックは再び「おっさん、来るんじゃねえぞ!」と叫んだ。
と、黄昏の空に響き渡る、野獣の遠吠えの如きものが聞こえて来た。
リゲスはニヤリと笑い、「よしっ、来るぞ! みんな散れ!」とガイ族に指示を出し、自分も長剣を抜いて構える。
ロックが再び叫ぼうとすると、背後から「静かに」という囁きが聞こえた。
「だ、誰だ?」
「しっ。わたくしが今から縄を解きますから、静かにしてくださいね」
その言い方に、聞き覚えがあった。ロックも囁き返す。
「あんたか、尖がり耳?」
声を抑えたつもりであったが、まだ傍にいたリゲスには聞こえたらしい。
「おい! 何ブツブツ言ってるんだ。怪しいな」
長剣を構えたまま、ロックの後ろに回って行く。
その間にも、枯れ枝はパチパチと燃えており、今にもロックの服に火が移りそうになってきた。
「熱っちい!」
そう叫んだロックは椅子から立ち上がった。
既に縄は解けている。
そのまま椅子を抱え上げると、「これでも喰らえ!」と言いざま、リゲス目掛けて投げつけた。
「うわっ、何しやがる!」
リゲスは飛んで来た椅子を思わず長剣で受けたが、衝撃でひっくり返った。
ロックは「さまあみやがれ!」と勝ち誇ったが、後ろから袖を引っ張られた。
「逃げるのです!」
ロックは走りながら声の方を向いたが、何も見えない。
「もう姿見せろよ。クジュケだろ?」
渋々という感じで、クジュケも走りつつ少しだけ姿を現したが、まだ向こうが透けるくらいであった。
「隠形を解いている暇はありません。追手が来る前に早く逃げるのです」
ロックは口を尖らせた。
「だって、おっさんがいるんだろう? これくらいの人数なら、アッという間にやっつけるぜ」
「違うのです。先程の遠吠えはわたくしの幻術なのです」
「えっ、じゃあ、おっさんは?」
クジュケは残念そうに首を振った。
「逃げられました」




