217 ガイの里(2)
行方不明のゾイアを捜しに来たロックは、バドリヌというガイ族の女に痺れ薬の塗られた刀子で刺された。
その上、従兄のリゲスに身動きもできないように縛り上げられたのである。
リゲスはロックの顔を覗き込んで、満足げに笑った。
「後の面倒は、ガイ族が見てくれるから、心配すんな。大事な人質だから、死なせるようなことはしねえはずさ。おお、そうだ。取り敢えずおれは、前祝いに葡萄酒でも飲んでくるぜ。ここんとこ不安で、酒も喉を通らなかったからな」
鼻歌まじりで立ち去ったリゲスに、ロックは悪態を吐くことすらできなかった。
やがて、黒尽くめの数名がやって来て、縛られたままのロックを抱え上げて運んだ。
皆一言も喋らないため、男か女かすらわからない。
運び込まれたのは、大きな木造の民家であった。
バロードなどの石造りの家とは、構造がかなり違うようだ。
天井が吹き抜けで、大木の梁が剥き出しになっている。
床は一部しかなく、大部分は地面そのままの土間であった。
ロックは、その土間の真ん中に置かれた木の椅子に座らされ、椅子自体に縛り付けられた。
そこまで終えると、ロックを連れて来た者たちは無言で出て行った。
どれくらいの時間が経ったのかわからないが、明かり取りの窓のから入る日差しが傾く頃、漸く痺れが取れてきたロックは、激しい喉の渇きと空腹を感じた。
「水……、食い物……」
その声が聞こえた訳ではないだろうが、家の外から小さな人影が入って来た。
全身を草色に染めた布で覆っている。
身長から見て、子供のようである。
「目、醒めたか、コソ泥?」
まだ少し痺れの残る口を開いて、ロックはゆっくり反論した。
「寝ちゃ、……いねえよ。……それに、……もう……コソ泥じゃねえ」
「そうか。ヤナンにいた時、コソ泥と聞いた。今、違うのか。では、何だ?」
「何でも……いい。……それより、……水と……食い物を」
「わかった」
ガイ族の子供は、土間の奥の水瓶の蓋を開け、柄杓で汲むと、そのままロックの口元まで持ってきた。
「飲め」
「……そのままかよ」
文句を言いながらも渇きに耐え切れず、ロックはガブガブと水を飲んだ。
「フーッ、うめえ。生き返るぜ。後は食い物だ」
「待ってろ」
ガイ族の子供は一旦外に出ると、串に刺さった焼き魚のようなものを持って戻って来た。
焼き立てらしく、香ばしい匂いが漂ってくる。
それをまた、直接ロックの口元に突き付けた。
「食え」
「何だよ、もう。このままじゃ食えねえよ。縄を解けよ」
「駄目だ。母者に、叱られる」
ロックは改めて子供を見た。
「母者って、あのバドリヌとかいう女か?」
「そう。ガイ族の、女長」
「へえ、そうか。あっ、ゾイアが言ってた、ヤナンからバロンまで荷車でゾイアを運んだ親子のガイ族って、おめえらか!」
「今頃、わかったのか。あの時、獣になる男、捨てて、おまえ、逃げた」
ロックは椅子に縛られたまま、跳び上がった。
「ば、馬鹿野郎! 逃げたんじゃねえや! こっちも、色々事情があって。ああ、もう、いい! 早く、それを食わせろ!」
「だから、食えと、言ってる」
再び差し出された焼き魚のようなものを、ロックは思い切って一口噛んでみた。
「う、うめえ。ちょっと臭みがあるが、味はうめえ。こりゃ、何の魚だ?」
「魚、違う。毒蛙、焼いた」
ロックは、口の中で噛んでいた肉を、思わずブハッと吐き出した。
「ペッ、ペッ、ペッ。な、なんてもんを食わせるんだ! おいらを殺す気か!」
布で顔を覆っているので表情まではわからないが、子供は怒った声になった。
「勿体ないこと、するな。ちゃんと、毒抜き、してる。おれたちには、大事な、食料。謝れ!」
ロックは、口を尖らせた。
「だってよ、もっとマシな食い物はねえのかよ」
子供は、フーッと大人びた溜め息を吐いた。
「ガイの里、土地に毒がある。作物、育たない。沼あるが、魚、棲めない。いるの、毒蛙だけ。毒蛙、体の中に毒袋あって、そこに毒溜める。だから、毒袋さえ、取れば、肉食える。おまえ食わないなら、おれ食う」
自ら毒蛙を食べようとする子供を、ロックが止めた。
「わかったよ! おいらが悪かった。それを食わせてくれ。腹ペコなんだ」
子供は黙って毒蛙の刺さった串を差し出した。
ロックも、もう文句を言わず、ガツガツと喰らいついた。
食べ終わったところで、ロックが「水くれ」と頼むと、子供はまた柄杓で汲んでくれた。
意外なほど親切であった。
「随分優しいじゃねえか」
元気が出てきたロックが皮肉を言うと、子供はフンと鼻を鳴らした。
「母者から、大事な金蔓だから、死なせるな、と言われてる」
「何だよ、それ!」
「おまえ、囮。獣になる男、捕まえれば、リゲス、賞金貰う。分け前、おれたちにくれる」
ロックは吹き出した。
「馬鹿だなあ。リゲスが分け前なんかくれるもんか。あいつは心底悪なんだ。利用するだけ利用して、トンズラするに決まってるぜ」
子供はムッとしたように反論した。
「そんなこと、ない。リゲス、ちゃんと、母者を、名前で呼ぶ。カルボン、いつまでたっても、名前覚えなかった」
「へえ、そうなのか。まあ、おめえらがリゲスを信じてどうなろうが知ったこっちゃねえが、おっさんはそんなに簡単に捕まらねえぜ」
その時、家の外から、そのリゲスの声がした。
「いや、何としても捕まえるぜ。おまえを餌にしてな。今夜、おまえを火炙りにするのさ、わが従弟どの」




