216 ガイの里(1)
単純化して云えば、魔道師の都エイサを中心に、中原の内部は四つの領域に分けられる。
西北部は、最も早くから拓けた土地である。
かつて、ここから興ったバロードが中原全体を支配したように、土地が肥沃で人口も多い。
但し、西の辺境に近いため乾燥気候で、網の目のような細い川の流れが変わると、廃都となったヤナンのように人が住めなくなってしまう。
西南部は、土地が痩せている上に川が少ないため、湧き水のある場所を中心とした自由都市が多数点在している。
土地が農業に向かないため、商人の都サイカに代表されるように、商業が盛んである。
東北部は、豊な田園が広がる大穀倉地帯であったが、政治的には安定せず、目まぐるしい程に小国が乱立して興亡を繰り返していた。
そこへ、ガルム大森林の野人として蔑まれていたガルマニアが、梟雄ゲールに率いられて突如攻め込んで来て、大帝国を打ち建てたのであった。
そして、今ロックのいる東南部は、土地が痩せている上に未知の毒素を含んでおり、しかも、ジトジトと湿気が多い気候のせいか様々な風土病もあって、中原の中でも未開の地域とされている。
里と呼ばれる集落はあっても、自由都市と呼べるほど人口が集中した場所はなかった。
そこへ十年程前、暗黒帝国マオールの肝煎りで、巨大な擂鉢状の円形闘技場を中心にした歓楽の街として造られたのが、マオロンである。
建前上は自由都市であるが、実質的にはマオールの植民都市であった。
擬闘賭博や遊女屋が主な収入源であるが、裏では奴隷貿易を行っているとの噂が絶えない。
しかし、そのマオロンまでは、まだまだ距離があった。
ゾイアの行方を追ってここまで来たロックは、いきなり次々と刀子を投げつけられたため、馬から下りて逃げながら、怒りの声を上げた。
「やめろって言ってんだろうが! 話があるなら、口で言え!」
相手に殺意がないことは、微妙に刀子の狙いが逸れていることで明らかだったから、何らかの警告であろうと思ったのである。
すると、刀子が飛んで来なくなり、枯れた立ち木の陰から相手が姿を見せた。
目以外は隙間なく黒い布で覆っている。
「おまえ、クルム城から逃げた、コソ泥、だな」
奇妙な抑揚だが、声は女のようである。
ロックは少し安心したが、余計に腹が立ってきた。
「いつの話してんだよ! おいらはカリオテのロックだ! 今じゃ、北方警備軍の情報隊長さまだぞ!」
黒尽くめの女は、ロックに見えるように刀子を構えた。
「おまえ、ヤナンでも、獣になる男と、一緒、だったな。言え! あの男、今、どこにいる!」
ロックの顔は、怒りの表情から、驚きに変わった。
「おい! おっさんのこと知ってんのか! だったら、教えてくれ!」
女は苛立ったように、「聞いているの、こっち!」と、今にも刀子を投げるような素振りをした。
「獣になる男、賞金、懸かってる。おまえ、隠すなら、容赦、しない!」
「何だって! 誰が賞金懸けてんだ?」
「マオロンの、チャナール太守、だ。獣になる男、太守お気に入りの擬闘士、ウパンジャを、ボコボコに殴って、逃げた」
「やるじゃねえか! さすがにおっさんだ!」
その時、ロックの背後から声がした。
「喜んでんじゃねえよ、阿呆! こっちは大損害だ!」
ロックが振り向くと、顔に大きな刀創のある人相の悪い男が立っていた。
「リゲス!」
それは、ロックの従兄のリゲスであった。
だが、リゲスは親しげな顔など見せず、忌々しそうに「あいつのせいで、こっちまで追われてんだぞ!」と吐き捨てた。
リゲスのその様子を見て、ロックは疑わしそうな顔になった。
「おい、ちょっと待て! ってことは、記憶がないのをいいことに、おっさんをグラップラにして扱き使ってたのは、おまえかよ!」
リゲスは鼻で笑った。
「まあな。おれも以前、あいつには酷い目に遭わされたし、何より、身柄を受け取る時に、バポロにはちゃんと金を払ったんだぜ。文句を言われる筋合いはねえよ」
「何だと、この野郎!」
リゲスに掴みかかろうとしたロックの動きが急に止まり、「痛っ!」と声を上げた。
振り返ると、太腿の後ろ側に刀子が刺さっている。
それを抜こうと手を伸ばしたロックの動きが緩慢になったかと思うと、ドッと前のめりに倒れた。
刀子を投げた黒尽くめの女が、「取り敢えず、痺れ薬、だ。どうする、いっそ、殺すか、リゲス?」と聞いた。
リゲスは狡そうな笑顔になった。
「いや、駄目だ。こいつには使い途があるからよ。こいつを囮にして、ゾイアを誘き寄せるんだ。バドリヌ、ガイ族を集めて噂をバラ撒くように指示を出してくれ。カリオテのコソ泥、ロックを捕まえた、とな」
「おお、わかった」
バドリヌと呼ばれた女は、サッと姿を消した。
リゲスは、痺れ薬で動けないロックを縛り上げながら、嘲笑った。
「痺れてても聞こえるだろ。全く、飛んで火に入る何とやらだな。捜しあぐねてガイの里に来た甲斐があったぜ。あの男さえ差し出せば、チャナール太守のご機嫌も直り、褒美までいただけるって寸法だ。ありがとよ、わが従弟どの」
言い返すこともできぬロックの目から、一粒の涙が零れ落ちた。




