215 老師と魔王(4)
ドーラがケロニウスに飲ませた薬草茶は、若返りの効果がある代わりに、魔道の力を奪うものであった。
面白そうに自分の顔を覗き込むドーラに、ケロニウスは半ば放心状態で訊いた。
「ど、どうしてこのようなことをなさるのです?」
それには、カルスの方が答えた。
「痛くもない腹を探られたくないからだ。使者の役目を終えれば、おまえはわが国の中を嗅ぎ回るつもりであったろう」
「何を仰るのです! わしは決して間者のような真似はいたしませぬ! 何卒解毒剤を!」
ドーラがホホホと笑った。
「毒など入れておらぬと言ったでしょう。若返りの妙薬ですぞよ。まあ、副作用は何日かは続きましょうが、徐々に戻ります故、心配召さるな」
追い討ちを掛けるように、カルスが「その前に出国してもらう」と告げた。
ケロニウスは諦めたようにフラフラと立ち上がった。
「わかり申した。何もせず、真っ直ぐに戻りまする。ただ、もし、教えていただけるのであれば、一つだけ、お尋ねいたしたいことがござります」
やや警戒するように、カルスは「内容による」と応えた。
ケロニウスは、フーッと息を吐き、微かに笑顔になった。
「単なる好奇心でございまする。ご母堂のドーラどのは、ピロス王に見初められたという、あの舞姫であられるのか?」
ドーラは、今度は含み笑いをした。
「まあ、そういうことになりまするな。わたしにも、若い頃があったということぞえ」
ケロニウスは意を決したように、ドーラに質した。
「舞姫は、魔族であったとの噂がございまする。真にさようか?」
ドーラが答える前に、カルスが気色ばんだ。
「失敬なことを申すな!」
ドーラは笑って「よいよい」とカルスを遮った。
「そのような噂があることは、わたしも知っておる。真相は複雑故、全てを教える訳にはいかぬが、ここまでは見せてもよかろう」
ドーラは目を半眼に閉じ、ゆっくり呼吸した。
ゆったりした長衣だからわかる柔らかな身体の線が徐々にゴツくなり、筋骨隆々となった。
同時に長い銀色の髪が抜け、地肌が見えてきた。
顔もすっかり初老の男のものに変わる。
その様子を見たケロニウスは、驚愕して叫んだ。
「なんと、ドーラどのは両性族であられたのか! わしは、ウルス王子だけが先祖返りしたものと思い込んでおった。と、すると、カルス陛下もまた」
カルスは知らん顔をしていたが、否定はしなかった。
ケロニウスは、一人で頷いている。
「それで辻褄が合う。当初、蛮族の帝王カーンが連れていた女魔道師は、妙齢の美女であったと聞いていた。それがつまり」
ドーラが、いや、男性型であるドーンが苦笑した。
「まるでドーラが老婆であるかのような言い方は、失礼であろう。見かけはどうにでも変身できるのだ。いつでも、ピロス王と出会った頃の姿になれるのだぞ。今のこの姿も、女体では戦争に不向きだからに過ぎぬ。ニノフとワルテール平原で戦った時も、そうであった。カルスを別動隊として行かせるため、代役を務めたのだ。まあ、これくらいでよかろう。これ以上知れば、おぬしを生かして返せなくなる。先程息子が申したとおり、こちらも忙しいのだ。ニノフには、暫く大人しゅうせよ、と伝えてくれ」
「おお、それは無論。わしらに他意はありませぬ。唯々北方の危機に備えたいだけでござりまする。それでは、これにて」
応接の間を出て行こうとして、ケロニウスは、ふと振り返った。
「おお、そうじゃ。毒はいつ頃消えまするか?」
ドーンはまた苦笑した。
「毒ではないと申しておる。そうさな、凡そ五日、であろう。念のため申しておくが、若返り効果の方はそのままだ。感謝せよ」
「はっ、有難き幸せ!」
少しお道化てそう言うと、カルスの気が変わらぬ内にとでもいうように、ケロニウスはサッと帰って行った。
それを黙って見送ったカルスは、フンと鼻を鳴らした。
「今回はおやじどのの顔を立てましたが、次にニノフが逆らうようなら、容赦いたしませぬ」
ドーンは、両方の眉を上げた。
「仕方あるまいな。だが、白魔のことは、また別問題。その時には、親子喧嘩などしておる場合ではないぞ」
「わかっておりますよ。それも、聖剣が手に入りさえすれば済むこと」
「ああ、そうだな。早速カルボンを追うとするか」
「行き先の見当がお付きのようですね」
ドーンはニヤリと笑った。
「簡単なことだ。ニノフに振られたあの男が行くとすれば」
カルスも、意地の悪そうな笑顔になった。
「成程。ウルスのところですね。懲りない男だ」
「ウルスはともかく、ウルスラは騙されんだろうが、逆に、カルボンから聖剣を奪い取ってもらっても困る。急がねばならん」
「飛んで行かれますか?」
少し考えて、ドーンは頭を振った。
「いや。ケロニウスの話から察するに、どうやら、ドーラの姿が人目につくようになったようだ。こちらの姿の方がよかろう。龍馬で行けば、サイカまで一日だ」
「では、すぐに手配させましょう」
頷くドーンの手に、一瞬だけ指輪が現れて、すぐに消えた。
ドーンが向かう商人の都サイカから飛び出したロックは、ゾイアがいるという暗黒都市マオロンがある中原東南部にいた。
中原の中でも開発が遅れ、治安も悪い地域である。
「なんだよ。しけた土地だな。作物の育ちも悪そうだし、何より人が少ない。こりゃ、早くマオロンに着かねえと、退屈で堪らねえな」
と、ロックの乗っている馬が、いきなり嘶いて立ち止まった。
「な、何だよ、もう。どうした、相棒?」
ロックが馬の顔を覗き込もうと前を見ると、地面に数本の刀子が突き刺さっていた。
「何だこれ?」
そう言っている間にも、次々と刀子が飛んで来た。
「うわっ、やめろ!」




