214 老師と魔王(3)
ニノフの使者として老師ケロニウスが提案した休戦協定を、ニノフの父である新バロード聖王国のカルス聖王は、あっさり拒絶した。
ケロニウスは驚きのあまり、用心して口をつけていなかった薬草茶を、無意識にガブリと飲んだ。
「な、何故でござりますか?」
カルスは自分も薬草茶を飲みながら、少しお道化たように眉を上げて笑った。
「老師は、そしてニノフもですが、何か勘違いをしていますね」
「勘違い、とは?」
「公式に認めてはおりませんが、確かにニノフは余の庶子です。ニノフは勝手に誤解しておるようですが、余があれの母を捨てた訳ではありませんよ。向こうが余の許から逃げ出したのです。それは、まあ、さて置き、ニノフがわが子であることは紛れもない事実です。また、ニノフの率いている機動軍は、言うまでもなくバロードの軍です。つまり、有体に申せば、ニノフのやっておることは内乱に他なりません。休戦とか同盟とか、国同士の問題ではないのです」
「しかし、ニノフ殿下は既に亡命政府を立ち上げられ」
ケロニウスが反論すると、カルスは今まで見せていなかった凄みのある表情に変わった。
「ふん。子供の火遊びですな。大火傷をせぬうちに、サッサと帰国し、恭順の姿勢を示すように、老師からも叱ってやってください。さもなくば」
カルスは飲みかけていたティーカップを受け皿に戻し、ピンと指で弾いた。
すると、鋭利な刃物で切ったように、カップがパカッと二つに割れ、中の薬草茶がドッと零れた。
それを横で見ていたドーラが、ホホホと笑い声を上げた。
「これこれ息子どの。あまりケロニウスさまを脅してはいけませぬぞえ」
カルスは再び笑顔に戻ったが、それは悪魔じみたものであった。
「おお、これは老師に失礼な態度をとってしまいました。お詫びします。別に、あなたに恨みなどないのですよ。最初に余が王に即位した際、素直に聖剣を渡さなかったのは、あなた以前のエイサの長老たちですからな。だが、あなたの代に替わった時、英断すべきでしたね。あなたには、その権限があったはずだ。さすれば、余は国を追われることもなく、あなたもエイサを焼き討ちされることはなかった。互いに不幸な回り道をしたものですな。ああ、勿論、あなたを責めている訳ではありませんよ」
そう言って笑いながら、カルスの目は全く笑っていない。
ケロニウスは内心、このような王に聖剣を渡せるものかと思ったが、「痛み入ります」と、どうとでも取れる返事をして、もう一度頼んでみた。
「お気持ちはわかりましたが、現実問題として、ニノフ殿下と休戦していただくことはできませぬか?」
カルスは、「くどい!」と言った後、また笑顔になった。
「いやいや、老師もお役目でしたな。では、余もハッキリ申し上げておこう。通達すべきことは二つ。一つは、ニノフが勝手に連れ回している、余の機動軍五千名を速やかに帰国させること。そして、もう一つは、ニノフの王位継承権は剥奪し、身分を平民とした上で、国家反逆罪に問うと。まあ、それでもわが子故、罪一等を減じ、死罪は免じて終身禁固とするつもりですから、ご安心ください」
ケロニウスは力なく頭を振った。
「到底受け入れられませぬ。それでは、あまりにもニノフ殿下がお可哀想でございまする」
カルスの形相が変わった。
「それもこれも、おまえたちエイサの魔道師のせいではないか! 理想に燃えていたあの頃の余に聖剣さえ渡しておけば、余も善意の王のままでいられたであろうに! もう遅いわ!」
黙って聞き役に回っていたドーラが、「まあまあ」とカルスを宥めた。
「悪いことばかりではありませぬ。こうして聖王国が再建され、息子どのも以前とは違う力を手に入れられたではありませぬか。善意だけの王では、中原統一など、できませぬぞ。これもまた、運命の巡り合わせと申すものでありましょうなあ」
カルスもフッと力を抜き、苦笑した。
「おふくろどのには敵いませんな。うむ。余も少し大人げなかったようだ。よかろう。老師よ」
話の流れが読めぬまま、ケロニウスは居住まいを正した。
「はっ!」
「戻られて、ニノフに伝えられよ。許し難いことは多々あれど、これ以上の紛争は互いに迷惑。休戦という言葉は当たらぬが、そちらから仕掛けて来ぬ限り、余から攻めるつもりはない、とな」
ケロニウスは椅子から降りて、平伏した。
「ありがとうございまする!」
横からドーラが「老師、どうかお顔を上げて」と声を掛けた。
ケロニウスがゆっくり顔を上げると、ドーラが覗き込んで笑った。
「おお、少し若返られた。薬草が効いたようじゃな」
「薬草?」
「そうじゃ。老師が飲まれた薬草茶は、特別にわたしが煎じたもの。若返りの作用がありまする。但し」
ケロニウスは訝るようにドーラを見返した。
「先程から、何か妙な感じがしておりますが」
「そうでありましょうな。実は、若返りの効果と引き換えに、副作用があるのですじゃ」
「えっ、副作用とは?」
ドーラは、悪戯を企む子供のような笑顔になった。
「体内の理気力が消え、魔道が使えなくなりまする」
「何ですと!」




