213 老師と魔王(2)
蛮族軍を率いて母国バロードに攻め込み、王政復古を成し遂げたカルス王が最初に行ったのは、自分を裏切った家臣たちの粛清であった。
そして、その次に取り掛かったのが、王宮の大改装である。
王妃が惨殺され、自身も危うく生命を落としかけた王宮を、殆ど建て直すのではないかと思える程に造り替えた。
どことなく異国風になったその建物を、カルスは聖王宮と呼び、自らも聖王であると宣言した。
そのため、国名も新バロード聖王国となった。
かつて中原全てを支配していた古代バロード聖王国を思わせる名前である。
カルスの使者として、ガルマニア帝国の宰相チャドスを訪ねたドーラがそのことを告げた時、中原制覇への野望を疑われたように、周辺の小国や自由都市に緊張が走った。
それを裏付けるかのように、新バロード聖王国は盛んに兵力を増強している。
老師ケロニウスがやって来たのは、正にそういう時期であった。
国境で蛮族の男と揉めたものの、ケロニウスがカルスと知り合いであると告げると、相手の態度が一変した。
共に騎乗し、蛮族の男に先導されて領内を進んだが、ケロニウスは、民衆の表情の暗さが気になった。
それに比べ、蛮族たちの横柄さが目につく。
「最早、実態は異民族支配じゃな」
ケロニウスは、顔を顰めてそう呟いた。
やがて聖王宮が見えてきた。
以前の王宮を知っているケロニウスには、悪趣味としか思えない派手な装飾が施してある。
「まるで伏魔殿じゃな。これは心して掛からねば」
旧知の相手に会うのだという安心感は消え、不安ばかりが募る。
聖王宮の前に馬を繋ぐと、そこからは別の蛮族の男に案内された。
宮城内は、蛮族ばかりである。
外観以上に異国風な内装を見て、ケロニウスは、どうしようもない居心地の悪さを感じずにはいられなかった。
奥の謁見室に入ると、その不快感は頂点に達した。
見上げる程に高い位置に玉座があり、そこに座っているカルスは、中原風と蛮族風を折衷したようなゴテゴテした奇妙な衣装を身に纏っている。
ケロニウスは感情を押し殺し、型どおりの挨拶をした。
「ご拝謁賜り、恐悦至極に存じます。また、この度は聖王となられました由、真におめでとうござりまする」
だが、カルスはサッと玉座から下りて来た。笑顔である。
「お久しうございます、老師。堅苦しい挨拶など不要ですよ。ささ、こちらで寛ぎながら、ゆっくり話しましょう」
聖王自ら隣の部屋に案内した。
ケロニウスは気圧されて、唯々諾々と後に続く。
そこは小ぶりの応接の間であったが、先客がいた。
銀髪の妖艶な美熟女である。
ケロニウスが入って行くと、ゆっくり椅子から立ち上がり、微笑んで会釈した。
「お初にお目に掛かります、老師。ドーラと申します。俗世間の縁で申せば、カルス聖王の母にございまする」
ケロニウスは、驚愕のあまり、言葉を失った。
これが意図的にケロニウスを動揺させる策であったなら、それは見事に当たったと言って良いだろう。
勧められるまま席に着いたものの、ケロニウスはまだ呆然としていた。
それでも、目の前に出された薬草茶に口を付けないくらいの分別は残っていた。
「まあまあ、毒など入っておりませぬよ。どうぞ召し上がれ」
ドーラにそう言われても、「ありがとうございます」と答えるだけで、カルスが正面の席に座ると、ケロニウスは早速本題に入った。
それではお言葉に甘えて、ざっくばらんにお話させていただきまする。
わしは現在、カルス陛下のご子息ニノフ殿下の許におります。
人手が足りぬため、わしのような年寄りが外交交渉のお手伝いをさせていただくことになりました。
ニノフ殿下の使者として、わしがバロードに伺いましたのは、端的に申せば、休戦協定を結びたい、ということでございます。
殿下は、不幸な行き違いでワルテール平原で蛮族軍と戦うこととなりましたが、固より蛮族の帝王カーンが陛下であると知る由もなく、まあ、それは多少の疑いはありましたが、ハッキリしたことはわからぬまま、祖国防衛のためと信じておられたのです。
わしらから首都陥落の状況を知らされて悄然となられたところへ、ガネス将軍より帰還命令を下されましたが、身の危険を感じて辺境へ渡られました。
申し上げるのも憚りながら、ニノフ殿下は、ご自分をお父上に捨てられた子であると思い込まれており、戻ればどのような目に遭うかわからないと危惧されているのです。
ああ、それは誤解だと仰るのですね。
わしもそうだろうとは思います。
ですが、幼い頃から不遇であった殿下のお気持ちをお察しください。
況してや、カルス陛下にとっては不倶戴天の敵、カルボン卿の引き立てで将軍となった身であれば、怖れるなという方が無理でしょう。
わしも、殿下は当分の間辺境に留まって、冷却期間を設けるべきだと思いました。
ところが、予想だにしない危機が北方より迫っており、最悪の場合には、辺境伯領から中原に逃げざるを得ないことがわかりました。
そこで、カルス陛下も一時は居られたという『暁の軍団』の砦を、新たな拠点とすることにされたのです。
そこでお願いがございます。
ニノフ殿下が拠点を移されるのは、あくまでも北方の危機に備えてのことで、何らバロードへ敵対するような意図はございません。
この機会に休戦協定を結び、いずれは共に北方の危機に対処する同盟関係を構築したい、というのが、ニノフ殿下の偽らざる望みにございまする。
如何でありましょう?
聞き終えたカルスは、微笑みながら驚くべきことを言った。
「お断りする」




