19 ボップ族の情報屋
翌朝、ゾイアとロックは情報屋のギータなる者を訪ねるため、朝食を済ませるとすぐにライナの屋敷を出た。
二日酔いなのか、ロックは時々頭を押さえている。
「おいらも酒は強い方だと思ってたけど、あの女もおっさんも化け物だな。あ、ごめん、皮肉じゃないよ。それにしても、あんなに飲んで何ともないのか?」
ゾイアは笑いながら「そのようだな」と答えて、少し首を傾げた。
「考えてみれば、それ以前に酒を飲んだ記憶がないな。まあ、記憶がないのは、それだけではないが」
「そのことだけどさ。ずっと訊きたいと思ってたんだけど、そのウルスって王子さまに会う前のことは、本当に何も覚えてないのかい?」
探すのを手伝ってもらうため、ロックにだけは、ウルスと出会ってからのあらましのことは伝えてあった。
ゾイアは立ち止まり、目を瞑った。
しばらく、そうしていたが、諦めたように頭を振って、目を開けた。
「だめだ。何も浮かんで来ない。無理に思い出そうとすると、頭が割れるように痛む。仕方あるまい。そのうち、時が来れば思い出すだろう」
悩ましげに言うゾイアを、ロックが励ました。
「大丈夫さ、きっと思い出すよ。それに、おっさんが悪い奴じゃないことは、おいらが保証するよ。まあ、コソ泥にそんなこと言われても、嬉しくないだろうけどさ」
ゾイアは苦笑し、「いや、嬉しく思うぞ。さあ、行くか」と再び歩き出した。
ロックも一緒に歩きながら、何か思い出したように「あ、そうだ」と言った。
「驚くといけないから予め言っとくけど、ギータという情報屋は人間じゃなくて、ボップ族らしいよ」
「ボップ族?」
「所謂小人族の一種なんだけど、ちょっと気難しいんだ。小人族には珍しく尚武の気風があって、剣も強い。まあ、剣といっても細剣だけど」
「覚えておこう」
ギータの家は、サイカの中でも貧しい民が暮らす裏小路にあった。
古びた煉瓦造りの、間口の広い家である。中に人の気配がなく、シンと静まり返っている。
「おかしいな。おいらが声をかけてみるよ」
ロックは玄関の戸を叩こうとしたが、「あれっ、貼り紙がしてあるぞ」と言って、読み上げた。
「なになに、『剣術の稽古中にて、御用の向きは直接裏庭へ』だってさ」
「では、裏へ回ってみよう」
二人が横の狭い路地に入って裏庭のある方へ回ると、ヒュン、ヒュン、と剣で空気を斬る音が響いてきた。
ロックが煉瓦塀越しに、「情報屋のギータは居るかい?」と声を掛けると、「おお、勝手に入ってくれ!」と返事があった。声の感じだけからすると、老人のようである。
木戸を開け、二人が裏庭に入ると、中は意外なほどに広かった。
そこに、幼児ほどの背丈の人間がいた。
レイピアで素振りをしている背中が見えている。殆ど裸に近く、下帯くらいしか身につけていない。
本来、片手で使うレイピアを両手で握っているようだ。これがギータであろう。
後ろを向いたまま、素振りも止めそうにないため、ロックが「ライナから何か聞いてねえか?」と尋ねた。
レイピアを振り続けながら「聞いとるよ。ゾイアとロックだな。ライナからすでに金貨十枚預かっておるよ」と答えた。
何か不満を述べようと口を尖らせたロックを制し、ゾイアが「太刀筋が良いな」と褒めた。
すると、ギータは素振りを止め、こちらを振り向いた。
皺の多い顔だが、目がクリッとして黒目勝ちなため幼くも見える。
皮肉そうに笑い、「太刀ではないがのう」と言った。声はやはり老人のものだ。
ゾイアも笑顔を見せた。
「いや、おぬしの体格でレイピアを自在に振るうのは容易ではあるまい。ボップ族とは、皆おぬしのように剣術に長けておるのか?」
「まあ、わし程の者は、そう多くはあるまい。情報屋という稼業は危険が多いのでな。常に自分の身を護る鍛錬は欠かせない。しかし、剣の腕以上に大事なことがある」
「ほう、それはなんだ?」
「用心深さだ。古今東西、美味しい話には必ず裏がある。見ず知らずの情報屋に金貨十枚を前渡しするような相手には、特に気をつけねば、こちらの首が飛ぶ」
ゾイアの笑顔が苦笑に変わった。
「だろうな。では、断るつもりか?」
「いや。わしは、引き受けるかどうか迷う客は、剣で決めることにしておる」
「剣で、とは?」
「わしの得意はレイピアだが、相手の武器も知らねばならん。奥の武器庫に一通りの剣は揃えてある。無論、練習用だから、全て刃引きして切れぬようにしてある。そこから自由に得物を選んでもらい、模擬試合をするのだ。わしが勝てば断り、客が勝てば引き受ける。どうするかね?」
「面白い」
「ふん、随分自信家だな。だが、刃引きしてあるといっても、油断をすれば生命に係わるぞ。良いのか?」
「承知」
ロックが小声で「おいおい、おっさん。いいのか。殺されたら元も子もないぜ。それが奴の狙いかもしれねえぞ」と袖を引いた。
だが、ゾイアは笑顔で、「そんなことはあるまい、なあ、ギータよ」と大きな声を出した。
ギータも笑って「情報屋は信用が命。金だけ盗るような、姑息な真似はせんよ」と応じた。
「よし、決まった。試合しよう!」




