200 王子と皇子(2)
突然訪れて来たガルマニア帝国の魔道師カノンから、ゲルヌ皇子を預かって欲しいと言われ、ウルスは気が動転した。
「えっ、ど、どうして、ぼくに?」
答えようとしたカノンは、苦しそうに「すみませんが、少々お待ちください」と断り、懐から掌に乗るくらいの小さな瓶を取り出した。
コルクの栓を抜いて、瓶の口を鼻に当てる。
気付け薬であろう。
サッと頬に赤みが差した。
「失礼いたしました。お話しさせていただきます」
「大丈夫?」
心配そうに聞くウルスに、カノンは「はい。もう大丈夫でございます」と先程よりは随分確りした声で応えた。
わたしは皇帝陛下直属の魔道師として、先の宰相ザギムの謀叛を調べる際、軍師ブロシウスと協力関係にありました。
ザギムの謀叛を未然に防いだ後、皇帝陛下より、次は恐らくブロシウスであろうから、親しくなっておけ、と言われました。
他所の国の方には理解し難いことでしょうが、能力最優先のわが帝国では、立身出世も早い代わりに没落も早く、しかも多くの場合、それは死を意味します。
そのため、数えきれない程の謀叛が企てられましたが、今迄は全て未遂に終わっておりました。
今回、ブロシウスが成功したのは、それが、謀叛に見せかけた暗殺であったからです。
ブロシウスは道具として利用されたに過ぎません。
では、暗殺の黒幕は誰か。
いや、どこの国か、と申すべきでしょう。
直接唆したのは、勿論バロードです。
カルス王が北方から連れて来たらしい、正体不明の女魔道師が交渉役でした。
理気力が異常に強く、会話の内容までは聞き取れませんでしたが。
しかし、実際のお膳立てを整えたのは、現在の宰相チャドス、延いてはその母国のマオール帝国です。
暗黒帝国マオールは、ガルム大森林の向こう側にある、謎の国です。
意図的にそうしているのでしょうが、その国内の詳細については一切知られていません。
但し、中原に対する野心はハッキリしています。
隙あらば、わがものにしようと、虎視眈々と狙っているのです。
実は、最近知ったのですが、ザギムの謀叛もマオールの陰謀であり、まんまと次の宰相にチャドスを送り込んで来ていたのでした。
ところが、かれらにとって都合の悪いことに、皇帝陛下は簡単に他人に操られるようなお方ではございません。
そこで目をつけたのが、畏れながら、第二皇子のゲルカッツェ殿下でした。
わたしなどが申し上げるのは憚りながら、傀儡にするには打ってつけのご性格であられるのです。
そのためチャドスは、皇帝陛下と他のお二人の皇子を亡き者にしようと企てたのです。
その手始めとして、ブロシウスの謀叛が成功するよう、新帝都ゲルポリスに最小限の兵しか置かせず、周辺から入る情報を全て遮断しました。
その結果はご存じのとおりです。
わたしは事前にそこまで調べ上げながら、ゲルポリス周辺を封鎖していたマオールの東方魔道師に行く手を阻まれ、辛うじてゲルヌ殿下はお救いしたものの、皇帝陛下をお助けすることは叶いませんでした。
その直前に、わたしは陛下から二つのことを依頼されておりました。
一つは御首級を敵に渡さぬこと。
これは何とか成功しました。
そしてもう一つが、ゲルヌ殿下を無事に逃がすことでした。
陛下は、できれば平凡な庶民にせよと仰いましたが、陛下に生き写しのゲルヌ殿下に、それは難しい話です。
かと云って、今後実質的にはチャドスが実権を握るであろう母国に戻れば、待っているのは幽閉か、或いは、ありもしない罪を着せられて処刑されるかでしょう。
いずれ余熱が冷めた頃、どこかの国へ亡命するしかありませぬが、残念ながら時がございません。
どなたか信用の置ける相手にお預けしたいと考えた末、現在どこの勢力にも与していないウルスさまを頼る他ないと考えた次第でございます。
誠に勝手なお願いかと存じますが、何卒、お引き受けいただけませんでしょうか。
ウルスが答えるより先に、ロックが叫んだ。
「ふざけんな! ウルスが誰のせいで放浪の王子になっちまったと思ってるんだ! 全部てめえんとこの帝国が原因じゃねえか! それを今更、何をムシのいいこと言ってんだよ!」
言われたカノンは力無く微笑んでいたが、隣のゲルヌは顔色を変えて立ち上がった。
「カノン、帰るぞ! このような無礼な連中の世話にはならん!」
その時、ウルスの顔が上下し、瞳の色が限りなく灰色に近い薄いブルーに変わった。
「ロックもゲルヌ皇子も落ち着いて! 今はそんなつまらないことで争っている場合じゃないわ!」
実は、ロックがウルスの変身を目の当たりにするのは、これが初めてであった。
前回は、ツイムとの再会の直後で、ロック自身がそれどころではなかったのだ。
「な、なんだよ。びっくりするじゃねえか」
寧ろ、ゲルヌの方が冷静であった。
「ふん。気の強い王女さまのお出ましか。いや、魔女だったかな?」
ウルスラは強い視線でゲルヌを見返した。
「今日はウルスに任せておこうと思っていたけれど、わたしの意見も言わせてもらいます。あなたには不本意でしょうけど、わたしたちとあなたの立場はとてもよく似ているわ。父を殺され母国を追われたのは同じよ。尤も、結果としてわたしたちの父は生きてはいたわ。でも、最早わたしたちの知っていた父とは違う存在に変わってしまった。それは、ある意味、死より残酷なことよ」
ウルスラの潤んだ瞳から、ホロリと涙が零れた。




