199 王子と皇子(1)
商人の都サイカのライナの屋敷に滞在してるウルスは、ライナ本人以外には、身分も名前も明かしていない。
使用人も、訳ありの高貴な客としか聞かされていなかった。
にも拘らず、その相手は、十歳ぐらいの金髪碧眼の貴族の少年がいるはずだから、是非とも会わせて欲しいと言っているらしい。
その来訪者は、旅の吟遊詩人の親子であるという。
ウルスに心当たりはなかった。
ロックは「なんかの間違いじゃねえか?」と屋敷の使用人に訊いたが、先方は必死な様子なので、会うだけ会ってやってくれないかと言う。
「どうする、ウルス?」
ウルスは少し考えていたが、もう一度使用人に相手の風貌を確認した。
使用人は困った顔で、「それが、何の特徴もないお顔でして、どうご説明したものか」と首を捻った。
しかし、その一言で、ウルスは「ああ、そうか」と頷いた。
ロックが「知り合いなのか?」と尋ねると、ウルスは笑って首を振った。
「違うよ、敵だよ」
「はあ? どういう意味だ?」
「でも、危険はない気がする。会ってみよう」
使用人はホッとしたように、「では、お連れします」と客を呼びに行った。
ロックは合点がいかない様子で、念のため、タロスが置いていった長剣を手元に引き寄せた。
やがて使用人に連れて来られた吟遊詩人を見て、ウルスは「ああ」と声を上げた。
「やっぱり、あなただった。ええと、ブロシウスさんのお弟子の、うーん、ごめんなさい、名前をちょっと思い出せないけど」
相手は、やや呼吸が苦しいようで、短く答えた。
「カノンでござます」
「そうだった。でも、どうしたの? 具合が悪そうだけど」
カノンは蒼褪めた顔で、無理に笑顔を作った。
「少々怪我をいたしております。それより、ご紹介したいお方がここに」
そう言って、カノンは連れの少年を振り返った。
年齢はウルスと変わらないくらいの、癖のない赤毛の少年であった。
緊張のためか表情は固かったが、ハッとするほど秀麗な顔をしている。
その面差しは、ウルスも知っている、ある人物を連想させた。
「えっ、まさか、ゲ」
言いかけたウルスに、カノンが「今はそのお名前を口にされませぬよう」と頼んだ。
「そうか。そうだね。じゃあ、取り敢えず、二人とも中に入って」
すると、それまで黙っていた赤毛の少年が、「その前に」と口を開いた。
「そこの無礼者に、手から剣を離すように命じる」
最初ポカンとしていたロックは、自分に言われていることに気づいた途端、激昂した。
「何だと、このガキ!」
今にも長剣を抜きそうなロックを、ウルスが止めた。
「落ち着いて、ロック! とにかく、話を聞こうよ!」
カノンも、「わたしに免じてお許しを」と、苦しそうに頭を下げた。
ウルスはその様子に「本当に大丈夫?」と気遣いながら、一方でロックを宥めた。
「ロック、お願いだから、その長剣をしまって!」
ロックはフンと鼻を鳴らしたが、それでも、長剣は部屋の隅に置きに行った。
ウルスはホッとしたように笑顔を見せ、「さあ、どうぞ」と二人を部屋に入れて、扉を閉めた。
カノンは蒼白な顔色だったが、「すみませんが、一応、結界を張らせていただきます」と断り、グルリと部屋を回った。
それが済むと、カノンはウルスの前に跪いた。
「改めまして、突然の訪問をお許しください、ウルス公殿下」
一瞬、戸惑った顔をしたウルスは、「ああ」と頷いた。
「バローニャ公のことか。でも、あれは途中までだったし。面倒だから、ウルスでいいよ」
「では、ウルスさまと呼ばさせていただきます」
ロックを紹介しようとして、ウルスは困った顔になった。
最初から胸襟を開いているウルスとは対照的に、ロックは警戒心の塊のように一歩下がってカノンと連れの少年を睨んでいる。
カノンの連れの赤毛の少年の方も、一向に打ち解けた様子はない。
ウルスは苦笑して、「ギータさんでもいると、もっと和むんだけどな」と独り言のように云ったが、「カノンさん、気にせず話して」と促した。
「ありがとうございます。それではご紹介させていただきます。こちらにいらっしゃるのは、ガルマニア帝国の第三皇子、ゲルヌ殿下であらせられます」
紹介されても、少年は知らん顔をしていた。
明らかに、この状況そのものが不本意のようである。
それでも、ウルスは気にせず、「ぼくはウルスだよ。よろしく」と笑顔で声を掛けた。
ゲルヌは微かに「うむ」とのみ応えた。
何か言いたそうなロックに構わず、ウルスは二人に応接用の円卓に座るよう勧めた。
不承不承という感じでゲルヌが先に座るのを待って、カノンも「失礼いたします」と席に着いたが、肩で息をしている。
相当に辛そうであった。
ウルスもその向かい側に座ったが、ロックだけは「おいらは横で聞くからいい」と少し離れて直に床に座り込んだ。
カノンは少し呼吸を整えていたが、精一杯の笑顔で「それではお話しさせていただきます」と切り出した。
「先程ウルスさまは、わたしをブロシウスの弟子と仰いましたが、実はそうではありません。わたしは皇帝陛下のご下命により、密かにブロシウスの監視役を務めておりました」
「へえ、そうだったんだ。とても気が合っているように見えたけど」
カノンは悲しげに微笑んだ。
ゲルヌの手前、それを肯定する訳にはいかないのだろうが、その表情が雄弁に物語っていた。
しかし、その感情を振り払うように姿勢を正し、カノンは本題に入った。
「わたしが参りましたのは、ウルスさまに是非ともお願いしたいことがあるからでございます」
「お願い?」
「はい。ウルスさまに、ゲルヌ殿下の身柄をお預けしたいのです」




