193 その最期
【おことわり】
今回のエピソードも、残酷なシーンがあります。お厭でしたら、飛ばしていただいても、この後の繋がりは大丈夫なようにいたします。申し訳ありませんが、キャラクターの個性を生かすためですので、お許しください。
その前日の夜。
バロードから反転したガルマニア帝国軍三万の兵は、新帝都ゲルポリスを目前にした最終宿営地で、明日の真の攻撃目標を告げられた。
その反応は意外にも静かであった。
皆、薄々気づいていたのだろう。
それにここまで来てしまえば、最早逃がれる術もない。
たとえ、今ここから脱走したとしても、この軍に所属していたというだけで厳しく処断されるのは目に見えている。
ならば、皇帝を斃す以外に助かる途はなかった。
寧ろ、真実を知って、張り切る者すらいたくらいである。
しかし、その三万の軍の中で、納得していない者が一人だけいた。
他ならぬ、首謀者のブロシウスである。
夜も更けていたが、ブロシウスは本営にしている屋敷に一人残り、明日の策戦の最終確認をしているところだった。
「おかしい。あまりにも上手く行き過ぎる。何故皇帝はわしらの進軍に気づかないのだ。新帝都建設に夢中になり過ぎて、周りが見えないのか。それとも、単なる油断なのか」
カノンがいないため、またも独り言ちたブロシウスは、ふと、首を傾げた。
「そういえば、最近カノンの姿を見ない気がするな」
元々、カノンはブロシウスの直接の部下ではなかった。
前の宰相ザギムの謀叛を、協力して未然に防いだことで知り合ったのだ。
年齢差はあるが、本来は同僚である。
最近では、上司と部下というより、師匠と弟子のように共に行動しているが、万が一を考え、今回の叛乱の具体的なことは打ち明けていなかった。
迷惑を掛けてはいけないと思ったのである。
カノンの本心を疑ったことなど、一度もなかった。
「いずれにしろ巻き込んでしまうかな。まあ、わしの心根は察しているだろうが、事前に知らせて置いてやるか」
ブロシウスは手紙を認め、伝書コウモリに持たせた。
それから、各方面でガルマニア帝国軍と交戦中の近隣諸国宛ての手紙を準備した。
ゲール皇帝の首級を獲り次第、一斉に各国へ報せるためだ。
「まあ、取り敢えず、他の帝国軍を足止めしてくれればそれでよい。わしの三万の軍でゲルポリスに陣取り、新帝国の設立を宣言すれば、敵も味方も雪崩を打ってこちらの傘下に入って来るはずだ」
その時、外から「夜分にすまぬが、ちょっとよろしいか?」と声がした。
ブロシウスは皮肉な笑みを浮かべ「また来たか」と呟いた。
「おお、どうぞ! 開いております故、ご遠慮なく!」
「すまぬ」
おずおずと入って来たのは、将軍たちを集めた会議で不安ばかりを口にしていた、痩せて金髪碧眼の将軍であった。
普段から印象が薄く、ブロシウスは名前も碌に覚えていない。
「あなたでしたか! どうされました?」
金髪の将軍は何度か唾を呑み、漸く掠れた声を出した。
「あ、明日のことだが」
「はい?」
「わたしの軍に先駆けさせてもらえぬだろうか?」
皇帝側に全く援軍がなく、絶対に勝てる状況とわかり、実は、もう何人もの将軍が同じ申し出をして来ていたのである。
ブロシウスは、その将軍たちに言ったことと同じ答えを返した。
「有難き申し出ながら、先駆けはもうガズル将軍にお願いしております。しかし、これは形式だけのこと。実際にゲルポリスの中に侵攻すれば、後はご自由にお働きいただいて構いませぬよ」
「う、うむ。そうか。わかった。中に入れば早い者が、あ、いや、そうだな。そうしよう。お邪魔した。では、明日」
勝手に納得して金髪の将軍が帰ると、ブロシウスは「下衆め!」と吐き捨てた。
そして、当日の朝。
顎髭のガズル将軍を先頭に、帝国軍、いや、ブロシウス軍三万は新帝都ゲルポリスを目指して進発した。
途中遮るものは何もない。
元々魔道師の都エイサであったこの都市は、やたらと大きいだけで防御のための城壁も殆ど無い。
皇帝ゲールも商業都市として発展させたいとの思いから、そのままにしていた。
そこに、三万もの大軍が殺到したのである。
先駆けも何も、あったものではなかった。
全軍が、たった一つの獲物を求め、気負い立っている。
あちこちで同士討ちや小競り合いが頻発した。
それに対し、新帝都防衛の千名は皇帝直属の精鋭部隊として、果敢に戦った。
が、如何せん、数が違い過ぎる。
大波に飲み込まれるように潰えた。
だが、嵐のように攻め立てる三万の軍の中で、竜巻の中心のようにポッカリ空白になっている場所があった。
ゲール皇帝のいるバローニャの練習道場である。
そこには、異様な光景があった。
開け放たれた道場の板張りの床に、何本もの大剣が突き刺してあるのだ。
ゲール自身は両手に大剣を持って、静かに立っていた。
周辺を取り囲む攻撃側の兵士たちは、その凄まじい気迫に押され、誰も手を出さない。
その中に、あの金髪の将軍がいた。
「な、何をしておる! 相手は一人だぞ!」
鼓舞したが、誰も動かない。
金髪の将軍は、手近にいた兵士の背中を蹴った。
「ええい、行け!」
よろよろと進み出たその兵士は、槍を構えると、急に奇声を発して皇帝に向かって行った。
完全に目が吊り上がっている。
ゲールは片手の大剣をフワリと水平に薙いだ。
それだけで、その兵士は弾かれるように吹き飛ばされ、身体は真っ二つに切れていた。
金髪の将軍は声を裏返しながら叫んだ。
「続け、続けーっ!」
堰を切ったように兵士たちが攻め掛かった。
ゲールは、まるで優雅に舞っているように動き、両手の大剣を振るって、斬って、斬って、斬りまくった。
刃毀れした大剣は捨て、床に刺してあるものに持ち替えた。
それも駄目になると、次の大剣を手にした。
それが延々と続いたのである。
忽ちゲールの周りは、足の踏み場もない程に斃された兵士の死骸で溢れた。
恐らく、個人の戦闘能力としては、歴史上、ゲールに勝る者はいなかったであろう。
だが、敵は三万である。
如何に超人的であっても、やがてゲールにも疲労の色が見えてきた。
真っ赤な髪は乱れ、秀麗な顔も汗に塗れた。
「潮時か」
ゲールはそう呟くと、上空を睨んで、大音声で叫んだ。
「カノン! 受け取れーっ!」
ゲールは大剣を一本捨てると、残った一本を後ろから旋回させ、ガツッという音と共に、自らの首を刎ねた。
首はその勢いのまま宙を飛び、フッと掻き消すように見えなくなった。




