188 めぐり逢い
ブロシウスが三万の軍を反転させ、一路ゲルポリスに向かった頃、ウルスの一行は商人の都サイカに近づきつつあった。
この人数でも怪しまれぬよう、旅の見世物一座ということにした。
座長はボップ族のギータ、タロスとツイムは擬闘士、クジュケは奇術師で、ウルスはその弟子という見立てである。
馬車もギータが手に入れ、タロスとツイムが交替で手綱を握った。
馬車は幌付きで外から中が見えぬため、乗っている間はウルスラが表面に出て、いつもクジュケと難しい話をしていた。
「外交の基本は何だと思われますか、王女?」
「そうね。やっぱり、権謀術数かしら。騙したり、騙されたりってことね」
「いいえ、全く違います。外交の基本は信義です」
「え? そうなの?」
「はい。一度信用を失くせば、それ以降どんな交渉も成り立ちません。外交は、騙し合いではないのですよ」
このような議論を延々と繰り返している。
一方、ツイムは、道中何度もこの一座の設定に異議を唱えていた。
「タロスがグラップラというのはお似合いだが、やっぱり、おれは無理があるんじゃないか?」
今日もそう言い出して、皆から、またかという顔をされた。
その度にタロスが「いや、細身でも、わたしと互角の力がある」と宥めるのが、約束事のようになっている。
手綱を捌きながら、タロスは更に褒めた。
「それに、ツイムは泳ぎが得意らしいではないか。バロードにも川や湖があるが、いずれも小さなものばかりで、わたしは長い距離を泳げない。沖合いで遠泳ができるというのは、大したものだと思うぞ」
すると、ツイムが少し照れたように鼻を擦り、「まあな」と言った。
馬車を引く馬に直接乗っているギータが、「これこれ、タロス。世辞など言わず、真っ直ぐ前を見よ。もうすぐサイカに到着するぞ」と窘めた。
ギータの言うとおり、やがて馬車の前方にサイカが見えて来た。
市街をぐるりと城壁が囲んでいる。
商人の街とは云え、いや、だからこそ、鉄壁の防御が必要なのである。
城壁に唯一ある小さな門の前には、長槍と盾を持った門番が両側に立っている。
そこで、先に到着したらしい若い男が、門番と揉めていた。
「だからさ、通行証は失くしちまったんだよ。なんなら,おいらの顔をじっくり見てくれ。知ってるだろ? え? 何だよ、盗人面って。それはうんと昔の話さ。疑うなら、そうだ、ライナを呼んでくれよ。ライナが忙しくて来れないなら、情報屋のギータを呼んでくれ。ボップ族のじいさんだ」
いきなり自分の名前が聞こえ、ギータはギクリとした。
まだ距離があって後ろ姿しか見えず、顔が確認できない。
それだけ若い男の声が大きいのだ。
こちらから声を掛けるべきか迷っていると、サイカの入口の方に動きがあった。
アーチ状の門の上は矢狭間があり、さらにその上に門楼がある。
その門楼から突き出した露台から身を乗り出すようにして、一人の女が出て来た。
年齢の頃は三十代半ばほどであるが、身に纏っている真っ白な長衣は、身分の高さを思わせた。
遠目でも、キリリとした美貌の持ち主であることが見て取れる。
サイカの実質的な支配者、ライナであった。
そのままバルコニーから下に向かって叫ぶ。
「あんた、ロックじゃないか! 久しぶりだね! さあさ、お入りよ!」
ライナのお墨付きが出て、「な、言ったろ? さあ、通してくれ」と門番を避けさせ、若い男、ロックは中に入ろうとした。
そこへ、漸く近くまで来たギータが声を掛けた。
「久しぶりじゃのう、ロック!」
振り向いたロックは、思わず笑顔になった。
「何だよ、ギータのじいさんじゃねえか!」
ギータは馬車を引く馬の上から手を振っていた。
その後ろで手綱を握っている男を見て、ロックの顔色が変わった。
「おっさん! あれ、いや、違うのか?」
驚きから喜びに変わった表情は、一瞬にして失望に沈んだ。
事情を知っているギータは、「この男はタロスじゃ。中で説明しよう」と、ロックにサイカに入るよう促した。
その時にはもう下に降りて来ていたライナが門を大きく開け、「何だか、懐かしい連中が勢揃いだね! 早くお入り!」と燥いだ。
ロックも気を取り直したように、「そうだな。とにかく、ギータなら、何かわかるだろう」と呟いて先に入った。
その間に、ギータがライナに事情を説明した。
「取り敢えず戻ったが、客を三人連れて来た。みんな訳ありじゃ。馬車のまま入るがよいか?」
ライナはニヤリと笑った。何か察したらしい。
「いいともさ! ここは商人の街、自由の街だよ! どこの何様だろうと、追われる身であろうと、来る者は拒まず、さ!」
一先ず全員ライナの屋敷に行くことになり、ロックとライナは先行して、馬車は人間が歩く速さでゆっくりとその後を追った。
屋敷の前に着き、ギータが周辺を確認して「よいぞ」と声を掛けると、中の三人が下りて来た。
用心のためか、ツイム、クジュケ、そして最後にウルスの順である。
さすがにウルスラの姿ではなかった。
いきなりロックが「ああっ!」と大きな声を上げたため、ギータが「これっ、静かにせよ!」と慌てて止めた。
だが、口を大きく開けたままのロックが凝視しているのは、ウルスではなかった。
「あ、あんた、もしかして、ツイムさん、じゃないか?」




