172 王政復古
ウルスをプシュケー教団の後継者にしたいとのサンサルスの申し出に、当然、タロスは猛反発した。
「何を馬鹿なことを! ウルス殿下は、歴としたバロード王家のお世継ぎであられる! このような得体の知れぬ教団の……」
さすがに言い過ぎたと思ったのか、タロスは途中で言葉を飲み込んだ。
サンサルスは一層微笑みを深くした。
「お気持ちはよくわかります。この教団は、長引く戦乱の世を終わらせたいと、わたしが一人で五百年前に創ったもの。漸くここまで大きくしましたが、まだまだ中原の皆さまに認知されてはおりません。決して怪しげな教えではなく、わたしの願いは唯中原の平和のみです。ところで、先程ギータどのが、アールヴ族を長命族の一種であると言われましたが、僅か千年の寿命にすぎませんよ。本当の長命族であるメトス族のように何千年も生きるなら、こんなに焦ることもなかったのでしょうが」
ギータが皮肉な笑みを浮かべた。
「千年を僅かと言われてものう。それこそ、二百年しか生きられぬわしらボップ族や、その半分の寿命もない人間にはピンと来ぬわい。それに、おまえさんには、後五百年あるということじゃろ?」
サンサルスは悲しげに微笑んだ。
「いえ。教団を創った五百年前には、わたしは既に五百歳を超えていました。最早、死を待つばかりです。わたしの本当の姿をお見せしましょう」
皆が驚いて美しいサンサルスの顔を見ると、一瞬、骸骨のように痩せ細った老人の姿になり、すぐに元に戻った。
サンサルスは、再び美しい顔で微笑んで見せた。
「わたしの生命のある内に、教義と教団を全て引き継ぎたいのです」
ウルスの顔が上下し、瞳の色が限りなく灰色に近い薄い青に変わった。
「たとえ、わたしがそれを引き継いだとしても、そんなに長くは生きられないわ」
「おお、ウルスラ王女ですね。勿論それはわかっていますよ。しかし、あなたは子孫が残せます。両性族ですから、子供を産むことも、子供を産ませることもね。この教団は未来永劫、あなたの子孫に引き継がれるのです!」
サンサルスの美しい瞳に、狂気にも似た執念が浮かんでいた。
そのウルスとウルスラが本来なら王位を継承するはずのバロードでは、愈々カルスによる王政復古が宣言された。
国民は拍手を以って迎えたが、その後に続いたのは、粛清の嵐だった。
少しでもカルボンに協力していた者は容赦なく投獄され、罪が重い者は順次処刑されていった。
それだけではない。
カルス王が連れ来た五百名以外にも、後から後から蛮族たちがやって来て、我が物顔でバロードを闊歩し、乱暴狼藉をはたらいたのだ。
それを取り締まるべき役人たちは、王の機嫌を損ねることを怖れ、皆見て見ぬふりであった。
国民の中には、これならカルボンの方がまだマシだったと思う者もいたが、その不満すら漏らすことができずにいた。
そうした中、早くからカルス王への旗幟を鮮明にし、腹心に伸し上がったのは、ニノフへの使者を務めたガネス将軍であった。
ところが今、そのガネスが、王の前で土下座していた。
ニノフが、機動軍を全員引き連れて逃亡したことが伝わってきたのである。
「万死に値します!」
泣くような声で叫ぶガネスを、玉座から見下ろすカルス王は、奇妙な格好をしていた。
仮面こそ被っていないものの、蛮族の衣装を着ているのである。
二人がいる王宮の王の間も、以前に比べ、蛮族風の飾り付けが多いようだ。
「気にせずとも良い。わが子ながら、ニノフには何一つ父親らしい事をしてやらなかった。さぞや恨みに思っておろう。そうせざるを得なかった理由を説明してやりたかったが、今それを言っても詮無きこと。いずれにせよ、おまえの所為ではない。寧ろ、わたしが詫びるべきだろう。許せ、ガネス」
「勿体のうございます! この上は、粉骨砕身、陛下の御為に尽くす所存にございます!」
猶もクドクドと決意表明するガネスを、カルスは適当に遇って帰した。
そこへ、窓からヒラヒラと灰色のコウモリが入って来て、クルリと宙返りすると、銀髪の美熟女となった。
「ブロシウスは、脈がありそうぞえ」
カルスは、心ここにあらずという様子で頷いた。
「そうですか。ニノフの方は、残念ながら逃げました」
「おお、それは、……」
美熟女が目を半眼にし、深呼吸すると、みるみるうちにごつい体格の壮年の男に変わった。
髪の毛も殆ど抜け落ちてしまった。
カルスがカーンであった時、父を名乗っていたドーンの姿である。
「……、わしが少々痛めつけ過ぎたかな?」
「いえ、責任はわたしにあり」
不自然に言葉が途切れたため、ドーンがカルスの顔を見ると、口を半開きにしたまま止まっている。
「これは、もしや潜時術か?」
静寂の中、ドーンの声だけが響く。
先程まで部屋の外から聞こえていた城内の人々の気配も、全く聞こえない。
と、微かな、コツ、コツという音がこちらに近づいて来た。
誰かが杖を突いて歩いているようだ。
「ん? この足音は?」
やがて、部屋の扉をすり抜けて現れたのは、枯れ枝のように痩せ細った老人であった。
高齢のため髪も眉も真っ白だが、瞳は黒いから南方の出身のようだ。
ドーンが驚きの声を上げた。
「おお、おまえは、サンジェルマヌスか? まだ生きておったのか!」
だが、サンジェルマヌスは、呆れたように首を振った。
「それはこっちの科白じゃ、アルゴドラスよ」




