表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
178/1520

170 教主サンサルス

 ベルギス大山脈のふもとにあるプシュケー教団の聖地シンガリアは、自由都市というわけではなかった。

 住民は一万人を超えるが、常に流動しており、定住しているのは、教団上層部のわずかな人間だけである。

 したがって、固定した住居は木造の教団本部のみで、一般の住民は、他の地域では見られない丸い形の天幕テントに住んでいる。

 ウルスたちもその一つを貸し与えられているが、いきなり教団本部に来るように言われ、戸惑とまどっていた。

 伝言しに来た青年が帰ると、ウルスは不安な顔でタロスに問うた。

「どうする?」

「まあ、行くしかないでしょう。ギータとツイムが戻り次第しだい、全員で参りましょうか」

 そこへ、楽しげな話し声が聞こえてきた。

 剣術の稽古けいこをしていた二人が帰って来たようである。

 天幕の入口が開き、すっかり日に焼けたツイムが笑顔をのぞかせた。

 手には木剣ぼっけんを持ったままだ。

只今ただいま戻りました。今日も、十勝十敗、引き分けです」

 その後ろから、ツイムの半分しか身長がないボップ族のギータが、しわだらけの顔をさらにクシャクシャにして、「なんの、大怪我おおけがから回復したばかりの相手に、わしが手加減してやっておるからさ」と笑った。

 だが、タロスから先程さきほどの話を聞いて、二人とも笑顔が消えた。

 ギータはクリッとした丸い目をしばたかせて考えていたが、フッとひとごとのように「バレたかのう」といった。

 四人は同じ村の仲間で、エイサに巡礼じゅんれいに行った帰りみち、野盗におそわれて連れが怪我をしたということにしているのだ。

 タロスは小さく首を振った。

「わかりません。しかし、わたしたちは居候いそうろうの身。大家おおやが来いと言えば、行かざるをないでしょうね」

 この旅で、すっかりタロスと意気投合いきとうごうしたツイムは、はげますように声を掛けた。

「大丈夫さ、タロス。おまえとおれとギータ師匠ししょうの三人で、百人隊くらいの力はある。滅多めったに引けはとらないさ」

 タロスは苦笑した。

「ギータは師匠で、わたしはおまえか」

 ギータも笑って「そうじゃ、おぬしも少しはわしを尊敬しろ」と言ったが、すぐに真顔まがおに戻った。

「ここで心配しても始まらん。わしも、その教主きょうしゅサンサルスという人物には前々から興味がある。皆で行こうではないか」

 ウルスの顔が上下し、瞳の色が変わった。

「行きましょう。場合によっては、わたしがお話しするわ」

 これにはツイムがあわてた。

「いけませぬ! 戴冠式たいかんしきの時のことをお忘れか!」

 ウルスラは少し悲しそうに「そうね」とうつむき、顔を上げると、瞳の色がコバルトブルーに戻っていた。


 四人は手早く身支度みじたくととのえ、教団本部に向かった。

 シンガリアでちゃんとした建物はここしかないから、迷うこともない。

 木造ではあるが、きわめて大きなものだ。

 祭事さいじなどにも使うのであろう。

 その正面の大きな入口の横に、人ひとりが通れるくらいの小さなとびらがあり、先程さきほどの青年はその前で待っていた。

「どうぞ、こちらへ」

 四人はうながされるままに中に入り、せまい廊下を奥に進んだ。

 何度か角を曲がり、奥まった一室の前にいた。

 青年が室内に向かって「お連れしました」と声を掛けると、意外に若い男の声で「どうぞ」と返事があった。

 青年がけると、思いのほか狭い室内に質素しっそな机が一つだけポツンとあった。

 そこに座って書き物をしているのが、教主サンサルスであろう。

 女のような長くサラサラした銀髪プラチナブロンドをしており、その髪から出ている耳の先が少しとがっている。

 案内の青年が「では、わたくしはこれで」と立ち去っても、そのままだまってうなずくのみであった。

 四人が室内に入り、戸が閉まったところで、ようやく書き物の手をめ、フッと顔を上げた。

 年齢の見当がつかないが、この世のものとも思えぬような美しい顔をしている。

 瞳の色はけむるようなあわパープルであった。

「おお、お呼びたてしましてすみません。奥に会議室がございます。そちらでお話しいたしましょう」

 サッと立ち上がり、みずから奥へつながる扉をひらいた。

 すその長い上着が、ヒラヒラと動く。

 奥には円卓えんたくがあり、十名は座れるようだ。

 サンサルスは先に席にき、「みなさまもどうぞ」とすすめた。

 ウルスが「はい」とこたえて向かい側に座ると、自然に両脇を囲むようにタロスとツイムが座り、その横にギータが座った。

 サンサルスは、それを見てニッコリ笑った。

「おはつにお目にかかります、ウルス王子。それとも、ウルスラ王女とお呼びするべきでしょうか?」



 その頃、ワルテール平原では、休ませていた寝台ベッドからロックの姿が消え、騒ぎになっていた。

 ゾイアたちはすぐに周辺をさがしたがどこにもいない。

 外部から大天幕に人が入った痕跡こんせきはなく、どうやら、一人で目をまし、幕の下をめくって出て行ったらしい。

「そう遠くへ行くはずはないのだが」

 心配そうな様子のゾイアにケロニウスがびた。

「すまぬ。憑依ひょういけたのちたまに記憶をうしなう者がおる。無論むろん一時的なもので、時間がてば元に戻ると思うが」

 ゾイアはかぶりを振った。

「いや、責任はわれにある。あれほど身近にいながらロックの異変に気づかず、放置してしまったのがすべての原因だ」

 ペテオがそばに来て、なぐさめるようにゾイアの肩に手を置いた。

「心配することはねえよ。大将たいしょうがいっつも言ってるじゃねえか。ロックはズバ抜けた生き残り能力の持ち主だってな。記憶が戻れば、自分で帰って来るさ」

 ゾイアは肩に置かれたペテオの手をにぎった。

「頼みがある。老師ろうしたちとニノフ将軍の機動軍を辺境に案内してくれぬか」

「えっ、大将はどうするつもりなんだ?」

「われはもう少し残り、ロックを捜す。見つかり次第しだい、二人でおまえたちのあとを追う」

「だったら、おれが残るよ。あんたは大将なんだぜ」

「いや、われの責任だ」

 押し問答をしているところへ、マーサ姫が帰って来た。

「よいではないか、ペテオ。ゾイアの好きにさせてやれ。ついでに近郊きんこうを調べたが、そろそろバロード側の斥候せっこうも来ておるようだ。逃げるなら、早い方がいい」

 ゾイアが頭を下げた。

「そのとおりだ。出発の段取だんどりは、われがつける。だから、そのあとのことは頼む」

 ペテオは渋々しぶしぶ頷いた。

「まあ、大将のこった、心配はらねえと思うが、用心するんだぜ」

「おお、すまない。では、早速さっそくニノフ将軍と打ち合わせをし、おまえの指示に従うように伝えよう」

 ペテオは、半分うれしそうに苦笑にがわらいした。

「ちと荷が重いが、やるしかねえな」


 だが、その後、ゾイアも行方不明になるとは、ペテオには知るよしもなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ