168 魔道神
薄暗がりの空中に浮かんでいるのは、神官が着るような白い長衣を身に纏った男だった。
髪の毛はおろか、眉もなく、異様に白い肌をしている。
真っ白な顔のため余計に目立つ真っ赤な目で、カルボンをジッと観察しているようだ。
「な、なんなんだ、おまえは?」
男はカルボンの質問には答えず、逆に「おぬし、干渉機を持っておるな?」と尋ねた。
「干渉機?」
「おぬしたちの云う『アルゴドラスの聖剣』だ」
カルボンは反射的に懐を手で押さえた。
語るに落ちた、というところだが、何故か赤目の男はスーッと後方に移動して距離をとった。
その位置に留まったまま、話を続けた。
「心配せずとも、無理に奪ったりはせぬ。寧ろ、おぬしに協力したいのだ、カルボン卿」
カルボンは驚いて口を半開きにした。
懐を押さえていた手は、自然に離れた。
「どうして、わしの名を知っている?」
赤目の男は、またスーッと近づいて来た。
「或ることを切っ掛けに、この数ヶ月、地上の動きを調べたのだ。よって、中原の現状はほぼ把握している。おぬしが何故廃都ヤナンに逃げて来たのかもな」
当初感じていた不気味さが薄れるに従って、カルボン本来の傲岸さが現れてきた。
「いったい、おまえは何者だ!」
「われわれは魔道神に仕える神官だ」
「われわれ?」
その問いに答えるように、男と同じ赤目の人間が十数名下から飛んで来て、カルボンを取り囲むように空中に浮かんだ。
どうやら、今カルボンのいるのは砂山の頂上のような場所で、神官たちは下にいたらしい。
赤く光る眼に囲まれたカルボンは、さすがに恐怖を感じて本能的に懐に手をやった。
すると、カルボンを取り囲む神官たちの輪が、スーッと拡がった。
「ん? どういうことだ?」
さすがにカルボンも、懐にあるものと神官たちの動きの関連性に気づかざるを得なかった。
距離を保ったまま、最初に話し掛けてきた神官が頷いた。
「左様。おぬしが触れると、僅かだが干渉機から理気力が解放される」
だが、カルボンは激しく頭を振った。
「そんな、馬鹿な! わしがどんなに念じても、何の変化もなかったぞ!」
「僅かと言ったろう。目に見える変化を起こせる程ではない。だが、わらわれは殊にロゴスに敏感な体質なのだ」
カルボンは懐から手を離し、自分で繁々と見つめた。
「そうなのか? わしにも多少はアルゴドラス聖王の血が流れていた、ということなのか?」
カルボンは聖王家の遠縁に当たる家柄の出身である。
「無論だ。そもそも、蛮族の帝王カーンことカルス王の厳しい探索の目を逃れ、ここまで無事に辿り着けたことを不思議だとは思わなかったか?」
「確かにのう」
カルボンが、己にも聖剣を使える力があることを知ってニヤリと笑った刹那、取り囲む神官たちの手から見えない力が迸り、両方の手首をグッと掴まれた。
「何をするか! やめよ!」
最初の神官が近づき、「それは、おぬしが持つべきものに非ず」と告げると、スッと手を突き出した。
カルボンの上着の胸元が独りでに開き、黄金と宝石で見事に装飾された短剣が滑り出てきた。
そのまま空中を飛んで、神官の手に吸い込まれるように納まった。
両手を左右に引かれた状態で、カルボンは藻掻きながら叫んだ。
「騙したな! それはわしのものだ!」
しかし、聖剣を手にした神官は、ゆっくり首を振った。
「違う。これは魔道神のものだ」
一方、ゾイアたちは話し合いを一旦中断し、倒れたロックを一先ず大天幕の奥に寝かせた。
ゾイアは心配そうに、「あのままで、大丈夫であろうか?」とケロニウスに尋ねた。
ケロニウスはクジュケと顔を見合わせて頷き、「九分九厘は大丈夫じゃろう」と答えた。
「まあ、多少の後遺症は残るかもしれんが、生命に係わることはあるまいよ」
それを聞いて、ゾイアは少しホッとした様子で、改めて皆に頭を下げた。
「知らぬこととは云え、すまなかった。話し合いを続けてくれ」
ニノフが代表して、「気にされるな」と慰めた。
「こう言っては何ですが、話し合いを始める前で、却って良かったと思います。どうか皆さんも腹蔵なく意見を聞かせてください」
立場の身軽さそのままに、ペテオが「じゃあ、言っていいかい?」と切り出した。
ニノフも少し気が楽になった顔で、「おお、どうぞ」と促した。
「おれは明け透けな言い方しかできねえから、失礼は承知で言わせてもらいますぜ」
「構いません。寧ろ、その方が有難い」
「じゃあ、堅苦しい言い方は苦手なんで、おれがいつも喋ってるように言うぜ。ぶっちゃけ、おれたちは助っ人だから、ここでの戦が終われば帰るだけだ。いつまでも北長城を空っぽにはできねえからさ。まあ、もしかしたら、追っ手を掛けられるかもしれねえ。だが、おれとゾイアの大将と姫御前がいれば、蛮族軍とバロードの正規軍が束になって襲って来たって、逃げ切れる。だから、問題はあんたらだ。結局のところ、大人しくバロードに戻るのか、それとも、ここから逃かるのか、どっちかしかねえ。そうだろ?」
「わたくしは、バロードには戻りません」
そう言ったのはクジュケである。
「カルボン卿の傍に仕えていたわたくしは、カルス王にとっては憎むべき裏切り者の一味。戻れば断頭台送りでしょう。然程惜しい生命でもありませんが、もっと役立つ場所がある気がします。できれば、あなたたちと共に、北長城へ行ってみとうございます」
横にいたケロニウスも頷いた。
「わしもじゃ。この先、中原の状況がどう転ぶのか、予測がつかん。バロードとガルマニア帝国の全面戦争になるのか、或いは、両者が手を結ぶのか。いずれにせよ、少し離れて見てみたい」
ペテオはニヤリと笑って、「いいかい、大将?」とゾイアに問うた。
「ああ。本来なら、先にマリシ将軍に了解を得るべきだろうが、一応、派遣軍の全権を委ねられている。喜んで、お二人をお迎えしよう」
これで、ニノフと配下の機動軍以外は、北長城へ戻ることになった。
皆の視線が、自然にニノフに集まる。
ところが、それまで沈黙を守っていたマーサ姫が、とんでもないことを言い出した。
「ニノフどのは、わらわの婿に迎えよう」




