163 首都陥落(1)
人数も多く、開戦と同時に闘士部隊の猛攻によって優勢に戦闘を進めていた『暁の軍団』であったが、鳥人となったゾイアに上から攻められるという未知の体験によって、状況は一変した。
殆どが騎乗していた闘士部隊は、それ故に、上空のゾイアの恰好の標的となり、次々に大薙刀の餌食となった。
恐怖に駆られたかれらの敗走によって、一気に統制が崩れ、全軍がわれ先に逃げ始めた。
予め指示を受けていたゾイアの軍は、それを上手に北側へ追い立てた。
間違ってもワルテール平原に向かわせないためである。
勝利がほぼ確定したところで、ゾイアは地上に下り、暫く呼吸を整えていたが、落ち着くとともに翼が引っ込んでいった。
ゾイアの獣人化は何度か目にした部下たちも、羽根のある姿を見るのは初めてで戸惑っていたが、ゾイアが「勝鬨を上げよ!」と呼びかけると、ホッとしたように大きな声を出した。
そこへ、白い外套を羽織ったロックが、自分の馬の横にゾイアの馬を連れて駆け寄って来た。
もう普通の目の色で、いつもと変わらぬ笑顔である。
「おっさん、忘れもんだぜ!」
ゾイアも笑った。
「おお、すまんな」
「しっかし、びっくりしたぜ! いつからあんなことができるんだ?」
「今だ」
「はあ?」
「自分でも驚いている」
「そうなのか。まあ、いいや。どうせ、おっさんは謎だらけだからな」
「そうだな……」
ゾイアは、少し物思いに沈みかけたが、そのような場合ではないと思い直したように、頭を振った。
「ロック。敵が戻って来ることはないだろうが、一応、周辺を探索させてくれ」
「いいけど、追撃はしないの?」
「深追いすれは、時間も兵も失う。今は、一刻でも早くワルテール平原に行かねばならん。敵味方の弔いが済んだら、出発するつもりだ」
「えっ、途中で日が暮れちゃうよ!」
ロックが言うように、既に日が傾きかけている。
「わかっている。どうせ今夜はどこかで野宿せねばならん。それでも、少しでも近づいておきたいのだ。できれば、明日の昼前にはワルテール平原に着きたいと思っている」
「了解!」
ロックたち情報部隊が散って行くと、ゾイアは敵味方なく遺体を集めさせ、念のため全て火葬にした。
それが終わる頃にロックが戻って来た。
「もう近くには誰もいねえよ、おっさん。でも、まあ、万一ってこともあるから、一部は遠くまで行かせた。明日の朝には戻って来て、おいらたちを探すように言ってある。行軍しながら、おいらたちにしかわからない目印を付けていくけど、いいかい?」
「構わんが、そこまでする必要があるのか?」
「まあ、一つには、ワルテール平原での戦の進行状況が知りたいじゃんか。おいらたちが行くまでに終わることはないと思うけどね。もう一つは、バロード国内の動きが気になるんだ」
「ほう、おまえもか」
ロックはニヤリと笑った。
「ってことは、おっさんも気になるんだね」
「うむ。カルボン総裁の人柄が今一つ信用できない。場合によっては、ニノフ将軍の梯子が外される虞がある」
ロックは、わが意を得たり、という顔になった。
「そこなんだ! 本当か嘘かわかんないけど、ニノフ将軍は先王の落とし子らしい。カルボン総裁にしてみりゃ、目の上のタンコブってとこさ」
ゾイアは首を傾げた。
「それはどうかな。先王の遺児というなら、ウルスがいる。むしろ、ニノフ将軍を手許に置く方が、いざという場合に役立つと思うがな」
「まあ、内情まではわかんないと思うけど、怪しい動きがあれば知らせろと言ってあるよ」
ガルーダ盆地を出たゾイアの軍は南東に進めるだけ進み、手頃な場所で夜営した。
翌朝、ゾイアは血相を変えたロックに起こされた。
「おっさん、大変だ!」
「どうした? ザクブルたちが追って来たのか?」
「そんなんじゃねえ! バロードが、バロードが」
「まあ、落ち着け」
ゾイアが肩に乗せた手を、ロックは払い除けた。
「これが落ち着いていられるかよ! バロードの首都バロンが、陥落しちまったんだよ!」
ワルテール平原でも、一夜にして消えた蛮族軍の行方を探索していたニノフの許に、同じ知らせが齎されていた。
「もう一度言え!」
いつになく感情的になっているニノフに怯えながらも、伝令は知らせの内容を繰り返した。
「はっ。昨日朝、バロード共和国北側国境を越えて蛮族軍が侵入。周辺の村落を焼き払いながら首都バロンに入り、クマール将軍率いる首都防衛軍一万と交戦。これを破って、首都バロンを制圧いたしました」
「数字が抜けたぞ! 蛮族軍は何名だ!」
伝令は、困ったように俯いた。
「はっ、それが、わたくしも聞き違いかと思い、何度も確認したのですが」
副将のボローが一緒なら、何とか執り成しているところだろうが、回復まではまだ何日もかかりそうであった。
それもまた、ニノフが苛立つ要因となっているようである。
「いいから、言え!」
「騎乗した蛮族、凡そ五百名と」
「あり得ん!」
言葉を遮られ、伝令は些かムッとしたように答えた。
「畏れ入りますが、続きがございます。五百名と、火を噴く鉄の巨人が一体、にございます!」




