161 もう一つの戦い(2)
『荒野の兄弟』の砦が丘の上にあったことからもわかるように、今ゾイアたちのいる辺りは山岳地帯に近く、開けた場所が少ない。
ザクブルの軍と戦うにしても、ワルテール平原での会戦のように、ここでは互いに軍を展開してぶつかり合うという訳にはいかなかった。
「おっさん、どうする?」
ゾイアに質問を投げ掛けたまま、ロックは早くも金糸の刺繍が施された白い外套を羽織った。臨戦態勢である。
ゾイアは顎に手を当てて考えている。
「うむ。ザクブルの率いる軍は当初四千と聞いたが、少し減っているかもしれん」
少しどころか、実際には半分近くまで減っているのだが、ゾイアたちはまだ知らなかった。
「へえ。どうしてそう思うの?」
「『暁の軍団』は、元々野盗だ」
「知ってるさ」
「野盗は人からものを奪って生活している。この戦いも、召し上げた領地を与えられるとか、強奪した金銀財宝を貰うとか、そういうことが動機となっているはずだ」
「なるほど。未だにかれらは、何も手に入れていない。そろそろ痺れを切らすだろう、ってことだね」
「そういうことだ。しかし、これはあくまでも想像に過ぎない。どの程度減っているかは」
ロックがニヤリと笑って遮った。
「みなまで言うな、ってとこだね。おいらたちで調べるよ」
「頼むぞ」
ロックは同じ白いマントの、但し、刺繍の入っていないものを纏った情報部隊の部下たちを散らせた。
程もなくゾイアの許に戻ったロックは目を丸くしていた。
「おっさん、驚くなよ。ざっと調べた限りじゃ、二千五百ぐらいしかいないんだ」
「別動隊が分かれた、ということか?」
ロックは少し口を尖らせた。
「おっさん! おいらにそんな抜かりがあるかよ! 正味二千五百だよ!」
「ほう。そんなに逃亡者が出たのか。ならば、うむ、積極的に迎え撃つとしよう」
「え、どこで?」
「地図で見た限りだが、この先に丸い盆地がある。多分、昔火山があった名残りだろう。わが軍が二千で相手が二千五百なら、少し手狭だが入らぬことはない。但し、当然先に展開した方が有利となる。向こうもそう考えるだろう。急ぐぞ!」
「ほい来た!」
すぐに情報部隊によって聞き込みがなされ、地元ではガルーダ盆地と呼ばれている場所とわかった。
ゾイアの軍は、盆地の周りを囲む丸い丘陵を越え、南側から入った。
同じことをザクブルも考え、少し遅れて北側からガルーダ盆地に入って来た。
ザクブルの軍は二千五百に減ったとは云え、去ったのは主に新規加入の兵で、ここまでついて来ているのは『暁の軍団』の中核を成す古参組である。
中でも、元闘士のザクブルの同僚たちを集めた、通称闘士部隊五百名は、ザクブルに負けず劣らぬ巨漢揃いで、手に手に自前の得物を携えて、ザクブルのいる中央付近を固めていた。
中でも巨大な大薙刀を持った男は、他の闘士たちから頭一つ抜け出る程に大きかった。
殆ど髪の毛がないが、眉が赤毛だから、ザクブルと同じガルマニア人であろう。
親しげにザクブルに話し掛けている。
「ザクブルよ。これくらいの敵なら、闘士部隊だけで潰せるぞ」
グレイブの男に言われ、ザクブルも苦笑した。
「頼もしい言葉だが、何しろ相手はあの獣人だ。油断するな、ダグディン」
ダグディンと呼ばれた男は、重い矛先の付いたグレイブを片手でグルグル回した。
「ならば、その獣人はおれに任せろ。おまえの軍で他の雑魚どもを片付けてくれ」
「ふふん。その大言壮語、あいつと闘った後でも聞けるといいがな」
「おまえとは違うさ」
「なんだと!」
一瞬、気色ばんだザクブルだったが、大将らしく振る舞うべきだと思い直したらしく、「まあ、精々頑張れよ」と告げて、その場を離れた。
皆に嫌われていたとはいえ団長として部下を抑えていたバポロに比べ、闘士あがりということでザクブルを見下す仲間も多いのだ。
異例の抜擢をしたカーンから離れて以来、特にそういう傾向が見えた。
周囲に人がいない場所まで来ると、ザクブルは力任せに地面を蹴った。
「くそがっ! それもこれも、ここで大勝利を収めれば変わるはずさ。今に見ておれ!」
ゾイアの軍は盆地の地形に合わせるように、中央を凹ませ、両翼を前に出すように布陣した。
相手を包み込んでしまおうという策戦であり、普通は人数が多い方がやるものである。
「おっさん、どうしてこの陣形なんだい?」
ロックに訊かれ、ゾイアは少し後ろを振り返った。
「最悪でも、南に行かせぬためだ。できれば、北側に敗走させたい」
ロックはニヤリと笑った。
「なんだよ、勝つ気満々だな」
だが、ゾイアは真面目な顔で頷いた。
「勝つ気ではなく、勝たねばならん。ワルテール平原での勝敗は、この一戦に懸かっているのだ」
一方、ザクブルの軍は、逆に中央部を突出させた陣形をとり、その最前線に闘士部隊五百名を配置した。
錐を揉み込むように中央を突破して、相手を分断してしまおうとの策戦である。
ところが、その最前線が急に動き出した。
「じゃあ、行くぜ!」
ザクブルの合図も待たずにダグディン率いる闘士部隊が突撃してしまい、いきなり戦いが始まってしまったのである。




