158 ワルテールの会戦(8)
降って来る矢を長剣で払い除けながら、ペテオは、漸く敵をじっくり見ることができた。
「矢を射ているのは、少数部族のビガラ族か。その後ろで、馬に乗って三叉の槍を構えてるのは、あのイダラ族のチクショーめだな。に、しても、こりゃあ」
ペテオが驚いたのは、相手の人数の少なさであった。
弓兵となっているビガラ族と騎兵のイダラ族を併せても、凡そ五百名程しかいない。
最初からなのか、或いは、炎で囲んだ後で減らしたのかはわからないが、この人数でペテオ軍四千を一旦は足止めし、未だに半分の二千が進めずにいるのである。
「こんなことなら、開戦前に、無理にでもニノフ将軍の本営に寄せて布陣しとくべきだったかな」
散々考えたことだったが、既に到着していた蛮族軍に、移動中ずっと横腹を見せて進むことになるため、危険すぎると諦めたのであった。
「まあ、ゾイアも平原の南側に布陣しろと勧めたし、ニノフ将軍の了解もあったんだから、今更愚図愚図言っても始まらねえ。とにかく、この鉄の罠を何とかしなきゃな」
相談できる相手がいないため、ペテオはやたらと独り言が多くなっていた。
ペテオが行き詰まっている頃、ニノフの軍は総攻撃を掛けた。
蛮族軍の主攻として突出していたクビラ族三千に押しまくられ、半数の五百程にまで減っていた大熊隊を救うべく、まず、罠に捕らわれなかった北方警備軍の二千が攻撃を仕掛け、そこへ更にニノフ軍の残り四千が突入した。
忽ちクビラ族はグイグイ押し込まれたが、蛮族軍も残る四千を投入して来たため、ニノフ軍六千五百に対して蛮族軍七千となり、両者ほぼ互角の大乱戦となった。
それでも、初戦で五百名を失い、副将のボローまで重傷を負ったニノフの軍の方が、ジリッ、ジリッと押されている。
乱戦の中、自らも細剣を振るいながら、ニノフは声を限りに自軍を鼓舞した。
「直線的に動くな! もっと回り込め! 槍隊、そこの隙を衝け!」
その最中にも、頭の中では冷静に情勢を分析していた。
一見、互角に見えるこの戦いの、勝敗の鍵を握っているのがペテオの率いる二千名であることを。
「『暁の軍団』が戻って来る可能性はないだろうから、蛮族軍にはもう後詰はないはずだ。ここで、ペテオどのの軍の残り二千さえ来てくれれば」
ニノフは、祈るように南の空を見た。
「くそっ! 仕方ねえ。少々強引でも、怪我をしてでも、ここを突っ切るしかねえな」
ペテオが自棄を起こしかけているところへ、「ペテオさまあーっ! 頭をお下げくださいっ!」という声が聞こえて来た。
「おお、あの声は!」
炎から救い出してくれた、工兵のルカの声であった。
と、ビュッと空気を切る音がし、頭上からバラバラと何かが落ちて来た。
ペテオは「わっ、何だ、こりゃ」と叫びながら、頭を低くした。
落ちて来ているのは、石であった。
大小様々だが、共通しているのは、まだ土や砂が付いている、ということだ。
それが地面に落ちると、あちこちから、バチン、バチンと鉄同士がぶつかり合う音がした。
罠の中心部分に当たって、次々に半円状に閉じているのである。
ペテオにも漸く、小型の投石器を荷車に乗せたルカたちが見て取れた。
「ペテオさま、後少しで、罠がほぼ無効になると思いますので、もう暫くお待ちください」
「やるじゃねえか。よくこんなに石を持って来れたな」
ルカは嬉しそうに微笑んだ。
「先程草を抜いたり、砂を集めたりする際に、出て来た石を集めて置いたのです。お役に立って良かったです」
「いや、大いに助かった。ゆっくり話を聞きたいところだが、時間がない。当座は、これで大丈夫だと思う。ここから、一気にニノフ将軍の許まで駆け抜けるつもりだ」
「まだ何かあるやも知れませぬ。重々お気をつけください」
「と、言うより、おまえも一緒に来てくれないか。話を聞いてくれるだけでいい。何なら、おれの馬の後ろに乗ってくれてもいいぞ」
ルカは苦笑して首を振った。
「恐れ入りますが、自分の足でついて参ります」
「そうか。では、先に行く。必ず後から来いよ!」
ペテオは振り向いて片手を高く上げ、前に振り下ろしながら「進軍せよ!」と号令した。
進み始めて、ペテオは前方の敵が消えたことに気づいた。
罠が無効になれば、多勢に無勢であるのは確かだが、あまりにも逃げ足が速い。
最初から、足止めが失敗すれば、すぐに戻れと命じられていたらしい。
「ってことは、向こうだって人数ギリギリってこったな。よしっ、急ごう!」
ペテオは愛馬に鞭を当てた。
それ以上の妨害はなく、やがてペテオの目に両軍の激突が見えて来た。
「こいつぁ、だいぶ押し込まれてるな」
ペテオたちを足止めしていた五百名も、既に蛮族側の攻撃に加わったようである。
これで蛮族側は七千五百、ニノフ側は六千五百のままである。
早くしなければ、ニノフの側が一気に総崩れになりかねない。
直ちに横撃しようと、ペテオが手を上げかけたところへ、伝令が来た。
「申し上げます! 平原の西の方より、急速に接近して来る部隊があります! その数、凡そ二千!」




