156 ワルテールの会戦(6)
蛮族たちは明らかに風向きを読んでおり、ペテオたちを囲む炎はジリジリとこちらに迫って来ていた。
幸い、頭上から降って来る矢は少なくなってきたが、その意味するところは深刻であった。
最早、戦力外と見做されたのである。
「くっそう、舐めやがって!」
ペテオは悔しがったが、同時に、自分たちが足止めされていることで、本隊を危機に晒しているという焦りの方が強かった。
自分の失態で四千名が釘付けになっている間、ニノフたちは五千名だけで戦わねばならないのである。
「おい! 外側にいる連中、聞こえるか!」
最初より、更に微かに「はい」という返事があった。
炎が風に押されている以上、向こうにも燃え広がっているのであろう。
「おれたちに構わず、ニノフ将軍の本隊の援護に回れ!」
すると、「もう少しです」という返事が、さっきよりハッキリ聞こえた。
「何がもう少しなんだよ!」
ペテオは苛立ったが、すぐに何がもう少しなのかわかった。
ペテオたちの前の部分だけ徐々に炎が薄れ、道のようなものが見えて来たのだ。
「こ、こりゃ、いったい?」
訝るよりも先に身体が動き、ペテオは愛馬を駆って、炎の中にできた道を抜けた。
その部分だけ全く草がなく、砂を盛ってあるのだ。
ペテオは振り向いて、「おれに続け!」と命じた。
道の先には、五十人ほどの歩兵が待っていた。
いや、よく見ると、工兵の部隊であった。
その先頭に立っている若い男が両手を振っている。
「ペテオさま! 工兵隊のルカにございます! 勝手ながら、工兵以外は主戦場の方へ向かわせました!」
ルカの名前はペテオも知っていた。ヨゼフの弟子の一人だ。
「それはかまわん。おれもそうしろと言ったろう。それより、よく炎を消したな」
ルカは笑って首を振った。
「消したのではございません。こちら側が風下に当たりますので、予めここだけ草を抜き、砂を盛って、ここまで燃え広がるのを待ったのです。燃えるものがなければ、そこで火は消えます」
つまり、防火帯である。
「成程なあ」
ペテオたちは焦るあまり、逃げて行く炎にせっせと後ろから砂を撒いていたのである。
ペテオは改めて、ルカに「ありがとよ」と礼を述べた。
「いえいえ。ヨゼフ師から、ペテオさまをお手伝いするよう命ぜられて参ったのです。お役に立てて何よりでした。それより、風でまた炎の勢いが強くなってきました。お急ぎください」
「おお、そうだな。おまえたちも、早く避難しろよ」
ペテオは馬首を巡らし、炎の輪から抜け出してきている兵士たちに命じた。
「これより、炎を迂回して本隊に合流する。途中、また蛮族どもの罠や妨害があるかもしれねえ。みんな、心してついて来い!」
一斉に「おおっ!」と声が上がった。
一方、クビラ族に突っ込んだボローの大熊隊は苦戦していた。
直線的に動く大熊隊に対し、クビラ族はクルリクルリと弧を描くように思いがけない方向から攻撃して来る。
動きの型が違うのである。
そのため、一人、また一人と、大熊隊の兵士が戦大鎌の餌食になっていく。
ニノフは苦しそうな表情でそれを見ていた。
「いかんな。やはり、ボローの突撃を止めるべきだった」
ニノフは援軍を送るべき潮時を見極めようとしていたが、予想以上に大熊隊が追い込まれているのである。
ペテオの率いる四千名の動向がわからないため、今、大きな人数を投入してしまうと後がない。
もう少し待とう、あともう少しと先延ばしにしている内に、大熊隊は半数近くにまで減っていたのだ。
「どうするか」
戦略的には、答えは決まっていた。
ここで少々の援軍を送っても、被害が拡大するだけである。
一気に大軍を投入するか、逆に見捨てるか、しかない。
損得だけで云えば、大熊隊は放って置き、ペテオ軍の到着を待つべきであろう。
無論、ニノフにそんなことはできなかった。
「一か八か、勝負だな」
ニノフが全軍に突撃を命じようと息を吸い込んだ時、伝令が駆け込んで来た。
「申し上げます! 北方警備軍の半数約二千名が到着されました! 残り二千名も追っつけ参られる由にございます!」
「おお、そうか。では、伝えてくれ。われらは蛮族の戦法に不慣れで苦慮している。到着早々に申し訳ないが、大熊隊の援護をお願いしたいと。ああ、それから、こちらからもすぐに応援を出しますと」
「畏まりました!」
ニノフは少しホッとしたが、すぐに別の伝令が来た。
「申し上げます! 副将ボローさま、深手を負われました!」
「な、なんだとっ!」




