154 ワルテールの会戦(4)
その後、続報が入り、ザクブルの率いる軍が反転して北へ向かったことが確定したが、ドーンは天幕の中から「わかった」とのみ答えただけで、姿を見せなかった。
「馬鹿者め! 目先の欲に惑わされおって!」
コバルトブルーの目を三角にして、尚もザクブルを罵しろうとしたドーンの顔が、急に俯いた。
再び顎を上げた時には、瞳の色だけが薄い灰色になっていた。
大きく変身する時間が惜しいのであろう。
「よいではないか、兄者。野盗など当てにせぬと、ご自分で言うたばかりではないかえ?」
顔が上下した。
「あれは建て前よ。如何に頼りなくとも、兵四千だぞ! 折角の圧倒的優勢が、初手から狂うたわ! 団長のバポロはあっさり敵に寝返って砦を明け渡すし、副団長のザクブルは勝手に攻撃目標を変えてしまう。きゃつらは、所詮、屑の集まりか!」
「に、しても、これから戦う相手はわれらの孫ではごさりませぬか。ほどほどでよいでしょう?」
「孫だからだ! 圧倒的な力の差で決着をつけ、深手を負わせずに敗退させたかったのだ!」
「ならば、手加減してあげればよろしいのに」
「それはできん! わしがここで踏ん張らねば、息子のカーンが立往生する。それまでは何としても、孫の軍をここに釘付けにせねばならぬのだ!」
その時、天幕の外に人の気配がした。伝令のようだ。
「ドーンさま! 北方警備軍四千、平原の南、来たよ!」
再び仮面をつけたドーンは、天幕から顔を出した。
「ほう。予想よりも早かったな。では、われらもボチボチ平原に入るとしよう。陣が確定次第、各部族の長に集まるよう申しておけ」
「わかったよ!」
駆けて行く伝令を見送りながら、ドーンはポツリと呟いた。
「やる以上は、死力を尽くす。覚悟せよ、わが孫、ニノフよ」
ルキッフとザクブルの動きが想定外であったのは、ニノフも同じである。
「これを吉と見るか、凶と見るか」
副将のボローは、肩を竦めた。
「そりゃ、吉だろう。四千名減ったということは、残る蛮族軍は八千だ。こっちは今五千だが、もうじき北方警備軍の副将ペテオどのが四千連れて来る。単純に考えても、こっちが千多いんだぜ」
実際には、カーンが五百騎連れて行ったため蛮族軍は七千五百だが、ニノフたちはそこまで把握していなかった。
ニノフは首を捻った。
「そう単純なものではなかろう。相手は蛮族なのだぞ。それこそ、北方警備軍は慣れているだろうが、われらはリード湊での攻防しか経験がないのだ。それは、まあいいとしても、問題は、このまま『暁の軍団』の動きを放置していていいのか、ということだ」
ボローは呆れたように両方の眉を上げた。
「おいおい、まさか援軍を送る、なんて言わないよな」
「『荒野の兄弟』とは同盟を結んでいる。本来なら、援軍を出すべきだと思う」
ボローは口を尖らせた。
「だから、最初からここに合流しろと言ってやったのに、向こうが自分たちの好きにやらせろと勝手に動いたんだぜ。そりゃ、自業自得ってもんだろう」
ニノフは苦笑した。
「まあ、そう言うな。お陰でこっちは助かったんだ。だが、今、援軍を送る余力がないのも確かだ。そこでだ。今朝、ゾイア将軍から、昨日の内に『暁の軍団』の砦を落とした、との連絡があったろう?」
「おお、そうだったな。半分の二千を城に残し、二千を率いて駆けつける、とのことだった」
「そのゾイア将軍の二千に、『荒野の兄弟』への援軍に行ってもらおうと思う。その方が、ここへ来るより多少近いはずだ。すぐにでも、早馬を送ろう」
「なるほどなあ。その手があったか」
「本当は、ゾイア将軍にここに来てもらった方が心強いのだが、已むを得ん。おれたちとペテオどので、カーンを倒すのだ」
「おお!」
そこへ、到着したばかりのペテオが訪れた。
リード湊の攻防の際には、別の湊の警備に当たっていたため、ニノフとは初対面となる。
「堅苦しい挨拶は苦手なんで、失礼があったら許してくれ。派遣軍副将のペテオだ。本来なら精々出世しても千人長かと思っていたが、ゾイアの引き立てで四千人任された。力不足とは思うが、我慢してくれ」
言葉とは裏腹に、百戦錬磨の自信を覗かせているペテオと、ニノフは笑顔で握手を交わした。
「機動軍のニノフです。あなたと違って、むさ苦しく髭を伸ばしているのが、副将のボローです」
ボローが苦笑して、自分も手を差し出した。
「よろしく」
「こちらこそ。早速だが、おれの軍は平原の南側に陣取ってるが、それでいいか?」
いきなり軍略の話になって、ボローはニノフの方を見た。
ニノフは少し考え、「いいと思います。詳細はお任せしますよ」と告げた。
ペテオは何故か嬉しそうに「同じだな」と笑った。
「同じ?」
「ああ、うちも考えるのはゾイアの役目、おれは言われたとおり動くのが役目だ」
ボローも笑い出し、つられてニノフも笑顔になった。
その日は敵味方共に野盗たちの抜けた穴を埋めるべく、改めて陣容を整え、夜を迎えた。
明けて早暁。
戦端は南から開かれた。
始めたのはペテオではない。
いきなり蛮族軍が攻めて来たのである。




