153 ワルテールの会戦(3)
警備兵を斬ってまで口封じしようとしたザクブルの目論見は、結局、外れた。
その後、同じ内容の矢文が、次々と陣地内に打ち込まれたのである。
矢文については見つけ次第焼却するよう命じ、内容については箝口令を敷いて進軍を開始したものの、勿論、矢文だけでは済まなかった。
『荒野の兄弟』は、突如予想外の場所から少人数の部隊で現れ、矢を射掛けたり、礫を投げたりして、サッと逃げて行く、という戦法を同時多発的に仕掛けてきた。
正に神出鬼没、野盗の戦い方である。
本来、同じ野盗でありながら、団長のバポロの意向で正規軍を目指した『暁の軍団』は、こういう変則的な攻撃に不慣れであったため、行軍が遅々として進まなくなった。
しかも、矢文の内容が、ジワジワと末端の兵士たちにも伝わり、目に見えて戦意が低下した。
そもそも『暁の軍団』は野盗である。
いつのまにか蛮族軍に主導権を握られ、自分たちの望んだ訳でもない戦に駆り出されたという意識がある。
この先戦っても、ちゃんと報償が貰えるか皆が不安になっているのに、団長のバポロが真っ先に投降したと知っては、とても戦えるものではない。
続々と逃亡者が出た。
それを追いかけて連れ戻したり、連れ戻しに行ったはずの兵が戻って来なかったり、朝四千名で出発した『暁の軍団』は、昼過ぎには三千名近くにまで減っていた。
ザクブルの苛立ちは頂点に達した。
とばっちりを恐れて、誰も傍に近づかない。
一旦、休憩のため行軍を停止し、ザクブルは馬上で叫んだ。
「おい、おれさまの昼飯はどうなってる! 飢え死にさせる気か!」
皆忙しそうに動き回るばかりで、ザクブルの周辺だけ見えない結界でもあるかのように、ポッカリ人がいない。
更に大声で叫ぼうとザクブルが息を吸い込んだ時、真っ直ぐこちら駆けて来る馬の姿が見えた。
異常に速いところを見ると、普通の馬ではなく、龍馬のようである。
乗っているのは蛮族の男だ。
催促の使者であろう。
当然、見えない結界など気にせず、ザクブルのすぐ近くまで来た。
「遅い! 何してる! カーンさま、お怒り!」
実際、そろそろ蛮族軍の先頭はワルテール平原近くまで到達している時刻であり、『暁の軍団』だけが大幅に遅れているのである。
それでもザクブルは謝らず、逆切れした。
「わかっておるわ! こっちは既に戦闘状態なのだ!」
「ならば、勝て! カーンさまは、勝利の報告以外、要らぬ!」
「ああ、いいとも! どうせ今からでは開戦時刻に間に合わん! 先に『荒野の兄弟』を潰す! カーンにそう言っとけ!」
「命令違反だ!」
「うるせえ!」
ザクブルは、ゴテゴテした飾りの付いていない、実戦用の戦斧を使者の男に投げつけた。
蛮族の男は上体を反らしてそれを躱すと、「カーンさま、伝える! 後悔するな!」と告げ、龍馬を旋回させて戻って行った。
「ふん、こっちだって、このまんまじゃ、後悔するだけだ」
ザクブルは、そう独り言ちると、振り返り、大きく息を吸い込んで叫んだ。
「これより反転し、『荒野の兄弟』の砦を攻める! あいつらの財宝も縄張りも、根刮ぎ奪い取る! 皆の者、奮え!」
ザクブルは正鵠を射た。
厭戦気分が漲っていた『暁の軍団』は、水を得た魚の如く蘇った。
忽ち大地を揺さぶるような鬨の声が上がり、進路を北に転じて、怒涛のように行軍を再開した。
ルキッフは、やり過ぎてしまったのである。
一方、龍馬に乗った使者は、信じられぬ程の速さで、蛮族軍の本営に戻っていた。
龍馬から下りると、本営の中央に位置する天幕の前に立った。
「ドーンさま、ザクブル、命令聞かない!」
使者がそう叫んだところを見ると、現在自分たちの軍を率いているのがカーンではないことは、蛮族たちには周知の事実のようである。
天幕が開き、カーンと同じ派手な仮面を被った、ドーンという男が出て来た。
「うむ、そうか、ご苦労であったな。まあ、よいよい。それも織り込み済みよ。われらは、粛々と会戦の準備をすればよい。どうせ、野盗あがりの兵など、いざ決戦という時には、役に立たん。息子には悪いが、わしは最初から期待などしておらんかったさ」
そう告げて天幕に引っ込むと、仮面を脱いで、思い切り下に投げつけた。
「ザクブルの愚か者め!」




