149 前哨戦(5)
驚いたのは、正門の内側にいた蛮族たちである。
巨大な弓で銛の如き矢を射られたかと思ったら、信じがたいことに、それに繋がる綱の上を走って来る者がいる。
更に、こちらから応射したら、怪物に変身して跳んで来たのだ。
忽ち恐慌状態となった。
だが、戸惑っているのは、ゾイアも同じであった。
急激に獣人化したため、まだ両手に大剣を握ったままだったが、鉤爪が伸びた手では上手く掴めない。
一旦離せばよいのだろうが、今はその判断力がないのだ。
その間に、蛮族の一部が気をとり直し、弓を構えた。
と、爛々と緑色に光っていたゾイアの瞳が、スーッと暗くなった。
同時に剛毛が薄くなり、鉤爪が短くなった。
通常の状態よりは手にゴツさが残っているが、確り剣を握れるようになった。
そのため、数本の矢が飛んで来た時には、両手の大剣を存分に振るって弾き返した。
弓という武器は、一回ごとに矢を番えて引くという動作をしなければならない。
まして、蛮族が使っているのは強弓で、飛距離が出る代わりに時間がかかる。
二の矢を射る前に、大剣を両手に持ったゾイアが襲い掛かった。
どっと奥に向かって逃げ出した蛮族たちが、絶叫と共に血飛沫を上げて倒れた。
ゾイアが斬ったのではない。
奥へ逃げ込もうとした弓隊を斬ったのは、同じ蛮族の仲間である。
尤も、違う部族のようだ。
長い髪を一つに纏め、頭頂部で縛っている。
刺青の多い他の部族に比べて、殆ど入れていない。
風俗以上に際立っているのは、その武器だった。
幅広の彎曲した剣である。
いや、片方にしか刃がないようだから、剣ではなく、刀だ。
所謂半月刀である。
弓隊から、怯えたような声で、「メギラ」という囁きが漏れた。
ゾイアも北長城で耳にしたことがあるが、半月刀を使うのはメギラ族であろう。
通称は「北方の処刑人」という。
普段から、他部族の掟を破った者の処刑を請け負っている。
戦時に於いては、粛清を担当しているらしい。
更に何名か斬られたところで、ゾイアが叫んだ。
「よさんか! 仲間だろう!」
先頭に立って半月刀を振り回していたメギラ族の男が、嘲笑った。
「臆病者、仲間、違う」
次の瞬間には、その男にゾイアが猛然と迫っていた。
ガキーンと金属同士がぶつかる音が響き、半月刀が真っ二つに折れた。
メギラ族の男の額から血が流れているが、まだ致命傷ではない。
男は振り返って、大声で叫んだ。
「キャリグラーッ!」
新手のメギラ族たちが半月刀を手に、わらわらと現れた。
それだけではない。
ゾイアに生命を救われたはずの弓隊も、矢を射掛けてきたのだ。
ゾイアは大剣を振るって矢を落としながら、再び野獣のように吼えた。
剛毛も伸び、胸の筋肉も膨らんだが、今回は、不思議なことに手には変化がない。
そのまま大剣を握れている。
まるで、獣人化を調整しているかのようだ。
獣人のパワーのまま、ゾイアは両手の大剣を縦横に振るった。
圧倒的な強さである。
弓隊は同士討ちを避けるため、矢を射ることは止め、剣を手にしたが、とてもゾイアの敵ではなかった。
しかし、多勢に無勢、斃しても斃しても、その場だけでも数百名はいる蛮族に、ジリジリと追い詰められつつあった。
ゾイアの底知れぬ体力とて、いつかは尽きるであろう。
正に孤軍奮闘するゾイアに、意外な援軍があった。
その時、砦の正門が開いたのである。
それも、内側から。
「投降する! 余は『暁の軍団』団長のバポロである! 蛮族に砦を乗っ取らたのだ! 助けてくれ!」
正門から濠に下ろされた跳ね橋の上を、そう叫びながら、バポロと小姓たちが走って逃げて行く。
蛮族たちがそれを見逃すはずもない。
夥しい数の矢が放たれた。
後ろの小姓たちがバタバタと倒れる中、先頭を走るバポロだけは辛うじて跳ね橋を渡り切った。
「わあっ!」
バポロは叫びながら頭を押さえ、その場にしゃがみ込んだ。
例によって、水の滴る音がした。
その頭上を跳び越え、この時を待っていた騎兵部隊が正門から一気に突入する。
歩兵部隊も続いて中に入った。




