147 前哨戦(3)
『暁の軍団』の砦が目視できる距離まで近づいたところで、ゾイアは、一旦全軍を停止させた。
「これより、四方に分かれる! 騎兵部隊千名はわれと共に正門を目指す! 歩兵部隊三千はそれ以外の三方を包囲せよ! 歩兵部隊はあまり距離を詰めず、投石器を使え! では、進軍せよ!」
進軍が始まったところで、目立つ白いマントを羽織った騎兵たちが、縦横に駆け巡りだした。情報部隊である。
平時には、主に諜報活動を行うが、いざ戦時となれば、部隊間の連絡役となる。
ゾイアの隣のロックも白いマントを着たが、他のものと違い、金糸で刺繍が施してある。
改めて砦の方を見て、大きく息を吐いた。
「いよいよだね」
「うむ。カタパルトは全部で九台。三方向に三台ずつ配備させる。工兵隊長のヨゼフに造らせた特製だから飛距離は出るが、まあ、牽制だ。これだけ堅牢な城壁だと、歯が立たんだろう。やはり、正門を突破する以外にない」
「あっ、向こうも気づいたみたいだよ!」
砦の物見櫓から、警告らしいブオオーッという喇叭の音が聞こえて来た。
ゾイアが「よし! こちらも鬨を上げよ!」と命じると、周辺を駆けている騎兵部隊が応じ、それを聞いた三方に分かれた歩兵部隊も雄叫びを上げた。
更に接近すると、砦を囲む濠の水面の煌めきが見えてきた。
その濠の向こう岸に垂直に切り立った城壁があり、その上に蛮族たちの姿が現れた。
矢狭間に隠れることすらせずに、一斉に矢を射掛けてきた。
矢の行方を目で追っていたゾイアの顔色が変わった。
「いかん! 強弓だ。見かけより射程があるぞ。ロック! 皆に接近し過ぎるなと伝えてくれ!」
「了解!」
ロックがパッと駆け出し、同じ白いマントの騎兵に伝達すると、次へ走る。
伝えられた騎兵は、また別の騎兵に伝える。
そうして、最前線に到達したところで、「接近し過ぎるな!」と大声で言って回った。
だが、いち早く城壁近くまで進んでいた騎兵部隊の何名かが矢を受け、次々に落馬した。
その頃には、三方向の歩兵部隊から投石が始まっていた。
各方面三台のカタパルトを交互に切れ目なく稼働し、降り注ぐ礫の滝を作る。
それを嫌ってか、その方面では飛んでくる矢が一時的に止んだ。
その代わり、弓隊をゾイアたちのいる正面側に集中させたらしく、正門の上の胸壁から濠を越え、雨のように激しく矢が降って来るようになった。
ゾイアは騎兵部隊を少し下げ、一箇所に止まらずに常に動き続けるように指示を出した。
「おっさん、これじゃ全然近づけないよ! どうすんの?」
戻って来たロックに訊かれ、ゾイアは後方を指した。そこには、荷車に乗せられた巨大な十字弓のようなものがあった。
「ヨゼフ特製の弩だ。これで正門を狙う」
バリスタに取りつけられているのは、矢というより、最早銛のようにごついものであった。
しかし、砦の正門は、堅い樫材を鉄の鋲で補強したものである。
「いくら何でも、貫通は無理じゃない?」
ゾイアはニヤリと笑い、「貫通させずともよい。矢筈を見ろ」と促した。
銛のような矢の後ろには、太くて長い綱が括りつけられている。
「どういうこと?」
意味がわからないらしいロックに、ゾイアは「まあ、見ていろ」と告げると、バリスタを荷車から降ろした。
下に台座が付いており、地面にガッチリ固定する。
この台座の上で、バリスタ本体の水平・垂直の角度調整ができるのである。
ゾイアは、方向と射角を固定すると、矢筈をバリスタの弦に噛ませ、そこに繋がるロープを握って後方に引き始めた。
本来は数人がかりでやることだろうが、ロックの倍も太い腕に岩のような力瘤を作ってグイグイ引いていく。
さすがのゾイアも、次第に顔が真っ赤になって来たが、限界まで引いたところで、「うおおおーっ!」という叫び声と共に、ロープを放した。
ビューッと空気を切り裂く音と共に、巨大な矢は放物線を描いて濠を飛び越え、ガツンと正門の門扉に突き刺さった。
矢に繋がったロープは少し垂れ下がり、一部は濠の水に浸かっている。
ゾイアは、バリスタの乗っていた荷車から、上に環っかの付いた鉄の杭と大きな木槌を出した。
鉄の杭を地面に刺し、木槌でガンガン打ち込んで固定すると、矢に繋がっているロープの端を環っかに通して引っ張った。
弛んでいたロープがピンと張り、一直線に伸びたところで、鉄の杭に固く縛った。
いつしか雨のような敵方の矢も疎らになり、何事が起きるのかと、こちらの様子を窺っている。
意味がわからないのは、ロックも同じである。
「おっさん、何すんのさ?」
ゾイアは、また、悪戯を楽しむように笑った。
「このロープの上を、走って渡るのだ」




