1456 ハルマゲドン(112)
聖剣を取り戻したゾイアは、一旦は白魔の中和を命じたものの、本殿本体と宙船の合体を阻止しようと降りて行ったウルスラのため、聖剣に待機させた。
と、本殿本体が大きく揺らぎ、宙船の中央の穴から逸れるのが見えた。
「おお、やったな、ウルスラ」
そのウルスラの叫ぶ声が聞こえた。
「ゾイア、今よ!」
ゾイアも大きな声で応えた。
「わかった! 皆、その場から離れてくれ!」
すぐにレイチェルを抱いたウルスラが跳躍し、続いてゲルヌとクジュケも退避したのを視認すると、ゾイアは改めて聖剣に命じた。
「今こそドゥルブを中和せよ!」
……了解しました。衝撃に備えてください。目標を再び捕捉しました。位相波を照射します……
聖剣から目も眩むような強い光が発生し、同時に凄まじい衝撃がゾイアを襲った。
「ぐううああっ!」
その頃、予期せぬ相手から強烈な波動攻撃を受け、ドッキングの直前で本殿本体を弾かれた魔王ジョレは、必死で態勢を立て直そうとしていた。
「くそっ! あの魔女め、やはり逃げたか!」
機械を操作しながらジョレが毒づいたように、本殿内で助手のように振舞っていたドーラは、いつの間にか姿を消していた。
そのため、ジョレ以外に残っているのは小型自律機械だけなのだが、その様子が明らかにおかしかった。
「そんな! そんな! どうして! どうして! 音が聞こえるようにしただけなのに! 音が聞こえるようにしただけなのに! 時空干渉機が消えた! タイムスペースコントローラーが消えた!」
鋏のような両腕を振り回しながら、同じ言葉を二回ずつ繰り返している。
ジョレは大きく舌打ちした。
「この役立たずめ! ええい、邪魔だ! そこをどけ! ドッキングしてしまえば、こっちの勝ちなんだ!」
が、計器の操作をしていたジョレの手が不意に止まった。
「……わがこと終わんぬ……」
急に虚ろな目となり、ロビーを振り返った。
「母船の自爆装置を起動することを命じる。この命令は何があっても実行せよ。たとえ、わたし自身が中止を命じてもだ。よいな?」
「了解いたしました! 了解いたしました! 何が何でも自爆します! 何が何でも自爆します!」
ところが、何故か自爆を命じたジョレが目を見開き、山羊のような顎鬚を震わせて首を振ったのである。
「い、嫌だ! 死にたくない! 自爆なんかしないでくれ!」
「何が何でも自爆します! 何が何でも自爆します!」
一方、ウルスラたちは、日没が迫る中、宙船から距離を取った氷上に集合していた。
ウルスラは涙を零しながら、レイチェルの頭を撫でた。
「あなたのお蔭で間に合ったわ。さあ、ここは寒いから、お義母さまのところへ帰りなさい」
「おねえたん、またあそぼうね」
レイチェルは微笑みながらスッと消えて行った。
クジュケが吐息混じりに苦笑した。
「レイチェルさまにとっては、あれはお遊びなのですね。末恐ろし、あ、失礼しました」
その時、額の第三の目を光らせて黙っていたゲルヌが「おお、そうか!」と声を上げた。
「今、魔道神から連絡があった。救援艦隊は攻撃を中止してくれるそうだ。間に合ったよ!」
「まあ、本当に!」
「よろしゅうございました!」
三人で手を取り合っていると、どこからか「甘いのう」という声が聞こえて来た。
ウルスラが「え? お祖母さま?」と振り返ると、美熟女姿の魔女ドーラが浮身していた。
クジュケが顔色を変え「何が甘いというのですか!」と反発するのを、横にいたゲルヌが「まあ、待て」と止めた。
「何が甘いのか、聞かせてもらえませぬか、ドーラどの?」
ドーラは空中で肩を竦めた。
「愈々ドゥルブも観念したじゃろうと、こっそり本殿の中に様子を見に戻ってみたら、あいつめ、最後に宙船ごとこの世界を吹き飛ばす命令を下しておった。もう止められぬぞえ」
三人が蒼褪めて黙り込むのを皮肉な笑みを浮かべて見ていたドーラが、「はあ? 何ですと?」と首を傾げた。
「それは自殺行為というものですぞ、兄上。ええ、確かに、このままでは皆死んでしまいましょうが。はい。わかりました。お任せいたします。わたしは知りませぬぞえ」
ドーラが呼吸を繰り返すと、柔らかな身体の曲線が次第にゴツくなり、長かった髪が抜け落ちて地肌が透けて見えるようになり、筋骨隆々たる偉丈夫の姿となった。
苦笑しつつアルゴドラスは三人に頼んだ。
「妹が旋毛を曲げてしもうた。誰か、余を聖剣の近くまで運んでくれぬか?」
クジュケが「この期に及んでも聖剣を奪い返すおつもりですか!」と気色ばむのを、今度はウルスラが窘めた。
「おやめなさい、クジュケ。お祖父さまは、この非常事態を何とかしてくださろうというおつもりよ。そうでしょう?」
アルゴドラスは表情を改めた。
「ああ。余にこそ、このような事態を招いた全責任がある。身命を賭しても、この中原を救うぞ!」
ウルスラも笑顔で頷いた。
「ありがとうございます。では、わたしたち三人全員でお供をします。いいわね、ゲルヌ、クジュケ?」
ゲルヌは「いいぞ」と即答したが、クジュケは大きく溜め息を吐いてから答えた。
「わかりました。わたくしは見張り役としてついて参ります」
アルゴドラスは鼻で嗤った。
「ならば、しかと見届けるが良い。行くぞ!」




