145 前哨戦(1)
宿営地として使っていた廃村を出る前に、今回の派遣軍で副将を務めるペテオは、ゾイアの宿舎に呼ばれた。
「この先、あんたと別行動とは、ちと心細いな」
立派に整えられた髭を気にしながら、柄にもないことを言って入って来たペテオを、ゾイアは笑って迎え入れた。
ゾイアは既に、行軍用の略式鎧を着ている。
「そう言わんでくれ。今や、ペテオは北方警備軍の重鎮ではないか」
ペテオも苦笑し、「煽てたって駄目さ」と言い返した。
「おれはそんな器じゃねえよ。こんな髭を生やしちゃいるが、精々千人長がいいところさ」
ゾイアは真面目な顔になり、「どうした? 何かあったのか?」と尋ねた。
ペテオは肩を竦めた。
「別に、今何かあった訳じゃねえさ。あんたと一緒に行った北方で見た、鉄の橋や、ず、ずい」
「隧道か」
「ああ。あの岩を刳り貫いた穴さ。あんなものを見ちまったら、カーンというやつは、今迄の蛮族とは別物と考えなきゃならんだろう?」
ゾイアは、寧ろ嬉しそうに笑った。
「そのとおりだ。さすがに、われが右腕として見込んだ男だ」
ペテオは少し照れて、「よせよ」と手を振った。
だが、ゾイアは真顔のままだった。
「いや、世辞ではないぞ。それがわかった上で、相手に臨むべきなのだ。決して侮ってはならぬ」
「そうだな。で、話ってのは?」
「うむ。行軍が始まる前に、今後の大まかな戦略を伝えて置こうと思ってな」
われの見立てでは、両軍がぶつかる予定戦場は、バロード国境のすぐ外側にあるワルテール平原だと思う。
両軍の規模を考えると、そこ以外は狭隘過ぎる。
どんな大軍でも、充分に広く展開できなければ痛い目を見る、というのは、例のシャルム渓谷でも実証済みだ。
現在、蛮族と『暁の軍団』の連合軍は、ワルテール平原の北西方向に野営している。
付近の地形を考えると、野営地から一旦南下し、方向を東に転じて平原に入ると思う。
一方のバロード軍は、国境から真っ直ぐ西へ進み、先に平原に入ると見た。
多少、先んじることができるだろうから、馬防柵や塹壕などを準備するだろう。
さて、わが軍だが、ここより二手に分かれ、われは北東寄りに進んで『暁の軍団』の砦を攻める。
ペテオの軍は大きく南に迂回し、ワルテール平原の南端を目指せ。
速度が最優先されるが、途中で南下する蛮族と遭遇しては何にもならん。
大きく迂回とは、その意味だ。
無論、急いでも開戦に間に合わない可能性もある。
その際には、バロード軍と連携しつつ、蛮族軍の南側、つまり、真横から攻めればよい。
われは、できれば一日で砦を落とし、守備兵を残して平原に駆け付ける。
到底開戦には間に合わんだろうから、蛮族軍の真後ろから攻めるつもりだ。
更に、『荒野の兄弟』の砦が平原より北に位置しているから、機を見て、そちらからちょっかいをかけるだろう。
つまり、うまく噛み合えば、敵を包囲する形となる。
逆に、時機を逸すれば、各個に潰されてしまう。
速さと連携が鍵となる。
われの創設した、情報部隊を存分に使ってくれ。
「情報部隊、か」
ペテオが何か言いたげに呟いたため、ゾイアは話を中断し、「何か問題があるのか?」と訊いた。
情報部隊とは、今回の大規模な派遣軍を円滑に動かすため、ゾイアが新設したものであった。
ペテオは、「ああ、すまん。情報部隊は充分役に立っているさ。だが、……」と言い淀んだ。
ゾイアも、その言い方が却って気になるらしく、珍しく眉を寄せた。
「どうした。おまえらしくないな。ハッキリ言ってくれ」
ペテオも覚悟を決めたらしく、大きく息を吸った。
「うん。この際、ちゃんと言った方がいいな。あんたが情報部隊の頭に据えたロックだが、少々気になることがある」
「ほう。そうか。われは良くやってくれていると思っていたが」
ペテオは、また苦笑した。
「おれが妬いてるなんて思わんでくれよ」
ゾイアは真顔で首を振った。
「当たり前だ。おまえはそんな狭量なやつじゃない」
「ありがとよ。これは、やつがどうの、っていう話でもないんだ。時々、フッとした瞬間に視線を感じて、そっちを見るとロックがいる、ってことがあるんだ。気にしなきゃいいんだろうが、その視線ってのが、何て言うか、冷たいんだ。まるで、人間が虫を見るみたいな、って云う感じかな。観察してる、というか。まあ、普段のあいつとあまりにも違うんで、まさかとは思うが、何かに憑りつかれてるんじゃねえか、って気さえするんだ」
自分でも上手く言葉にできず、ペテオはもどかしそうな顔をした。
ゾイアは思い当たる節がないようで、頻りに首を捻っていたが、最後に「では、こうしよう」と提案した。
「元々情報部隊も二つに分けてそれぞれに同行させるつもりだったが、ロックはわれの方に配属しよう。それで、暫く様子を見てみる」
ペテオは頷いて、「中断させて悪かった。話を続けてくれ」と頼み、その後は、策戦の詳細の話し合いになった。




