1443 ハルマゲドン(99)
魔女ドーラに同乗者として指名された秘書官のラミアンをゲルヌ皇子が跳躍でエイサに連れて行くこととなり、ウルス王は自ら中庭で見送ることにした。
と、愈々出発という時、建物から誰か走り出た。
「ちょっと待ってくれ!」
その相手を見て、このような場合であったがラミアンは苦笑した。
「ジェルマか。寝かしつけたと思ったのに」
ジェルマ少年は鼻を鳴らした。
「おいら子供じゃねえって、何遍も言ってるだろ。見た目は五歳でも、本当は三十過ぎてんだからさ。あんたより年上だぜ。ああ、そんなことはどうでもいいんだ。中でクジュケのおっさんからあらましは聞いたよ。本当なら、おいらもついて行きてえが、あの魔女が許すはずがねえ。だから、万が一の時のために、あんたに生命綱を付けといてやろうと思ってさ」
「生命綱?」
尋ねたのは二人のやり取りを横で見ていたウルスである。
「みてえなもんさ。まあ、見てな」
ジェルマは両手の指を複雑に絡ませると、何か呪文を唱えて前に押し出した。
すると、空中に絡み合った光の線が飛び出し、スーッとラミアンの身体に吸い込まれて消えた。
「な、何これ?」
驚くラミアンに、後ろに居たゲルヌが教えた。
「魔道で使う目印の一種だな。こんなに複雑なものは、わたしも初めて見たが」
ジェルマは得意そうに小鼻を膨らませた。
「へへっ。長命族に伝わる秘法さ。さあ、いいぜ。行って来な」
ラミアンも多少安堵した顔になり、「ありがとう」と微笑んだ。
ゲルヌはラミアンの手を握って改めてリープの態勢に入り、ウルスに告げた。
「明日は長い一日となろう。できれば寝た方が良いぞ」
「うん。ゲルヌこそ寝てよ。あっ、ちょっと替わるね」
顔を上下させると、瞳の色が限りなく灰色に近い薄いブルーに変わった。
「笑われるかもしれないけど、わたしはお祖母さまを信じてる。きっと、最後はわたしたちを救ってくださるわ」
ゲルヌは何も言わず、笑顔で頷くと、ラミアンと共にその場からリープした。
ジェルマと顔を見合わせたウルスラは、溜め息を吐いた。
「とても眠れそうにないわ。中で少し話しましょうか?」
「いいともさ」
ジェルマは、ウルスラを先導するように手を取った。
「とても眠れそうにないねえ」
ウルスラと同じように溜め息を吐いたのは、商人の都サイカの女主人ライナであった。
男勝りのライナが愚痴を溢す相手は、いつものように小人族の情報屋ギータである。
「久しぶりにわしが戻ったというのに、少しは喜ばぬか」
「ふん。ゾイアを連れて戻ってくれりゃ、いくらでも喜んだのにさ」
「無理を言うな。ゾイアは今頃、必死になって地面に穴を穿っておるのじゃからな」
もう一度溜め息を吐くと、ライナは「こんなことなら」と半ば独り言のように呟いた。
「婿取りなんかに拘らず、サイカのことは全部おっぽり出して、押し掛け女房にでもなりゃ良かったよ」
いつもなら冗談で切り返すギータも、「そうじゃな」と同意した。
「脅す訳ではないが、明日を無事に越えられるかどうかは、ゾイアに掛かっておる。わしらは無力じゃ。が、祈ることはできよう。おぬしも祈るがいい」
「ああ、そうするよ。女房にしてくれなんて大それたことは望まない。どうか、あの人が無事でありますように。そして、この世界が、より良い次の日を迎えられますように、ってね」
そのゾイアは、正に粉骨砕身で地下を掘り進んでいた。
機械魔神が過熱不良しないよう時々休ませながらも、自分は不眠不休で熱線を放射しつつ岩盤を掘削し続けている。
と、その傍に魔女ドーラが現れた。
「間に合いそうかの?」
ゾイアは作業の手を止めずに答えた。
「そのつもりだ」
「ふむ。ならば良い。実は、一つ報告があってのう」
「何だ?」
「ジョレが、ああ、いや、白魔が、じゃな、本殿にわたしも乗れと言うから、そうすることにした」
「ほう。では、中和はわれがやるのか?」
「いやいや。心配せずとも、合体直後のドサクサに紛れて、船内で行う」
「できるのか?」
「勿論じゃ」
その時丁度休憩が終わったデウスエクスマキナが活動を再開したため、ゾイアは手を休めてドーラに向き直った。
「嘘を吐くな」
「な、何が嘘じゃ?」
動揺を覚られまいと顔を背けるドーラに、ゾイアは意外なことを告げた。
「合体は自動制御だ。余程のことがなければ、混乱は起きない。おぬしが中和の態勢を取る前に阻止されるのがオチだ。さては、逃げる気か?」
持っている聖剣が贋物とバレた訳ではないと知り、ドーラは開き直った。
「違う! そのオートなんとやらのことは知らなかったのじゃ。では、合体直後、船外にリープしよう。近過ぎては攻撃されるじゃろうから、或る程度距離を置く。以前、実際にやった時の経験でも、相当距離があっても中和できたぞえ。それで良かろう?」
「駄目だ。船橋が正常に機能を始めれば、すぐに防護殻が張られる。上手くすり抜けて船外に出ても、もう中和はできぬ」
「ならば、こうすれば良い。合体が始まり、完了するまでに、僅かな時間はあるはず。その隙を衝くのじゃ」
「うーむ。微妙だな。本当に短い時間しかないぞ。では、こうしよう。われが空中で本殿を解放する際、母船に響くような大きな声で『時は今!』と叫ぶ。それを合図に中和を始めてくれ」
「わかったぞえ。任せてくりゃれ。さあ、もう一息じゃ。頑張って穴を掘っておくれ。わたしは、ジョレを、いや、ドゥルブのご機嫌を取っておくでのう」
その場から飛び去りながら、ドーラは北叟笑んでいた。




