1441 ハルマゲドン(97)
「皆しけた面をしおって。どうせわたしの蔭口でも言うておったのじゃろう?」
入って来るなり皮肉を言うと、魔女ドーラは当然のように空いている席に座り、もう一度順に、ウルスラ女王、陸軍大臣タロス、情報軍将軍ロック、ゲルヌ皇子、秘書官ラミアン、統領クジュケと見回した。
「どうした? 話を続けてよいぞ」
何か言い返そうとロックが身を乗り出したが、ウルスラがそれを軽く手で制して、ドーラに尋ねた。
「お祖母さま、向こうの様子は如何でしたか?」
ドーラは下唇を突き出すようにして「うむ」と頷いた。
「白魔め、ジョレに憑依したせいか性格が捻くれ、随分疑り深くなっておる。当初の予定では、ゾイアが本殿を空中に確保している間に中和する予定であったが、それは難しゅうなった」
「どういう意味かしら?」
他の者になるべく発言させないようにだろう、ウルスラは間髪を入れず聞き返した。
ドーラもウルスラを真っ直ぐに見て答えた。
「わたしに先に本殿に乗れと言うておる。目の届くところへ置いておきたいのであろうの。よって、明日ゾイアが地下隧道を貫通させたら、わたしも本殿に乗り込んで、一緒に運んでもらうつもりじゃ」
「えっ。それじゃ、中和は、いつ?」
「まあ、合体の後じゃな。詳しいことはわからぬが、本殿と母船の回路とやらを繋ぐと言うておったから、その隙に中和すればよい。聖剣を持ち込むのは、禁じられなかったからのう」
ドーラは懐から贋の聖剣を出して見せ、すぐにしまった。
「念のため、船内でも中和できるか聖剣に聞いたら、それは問題ないそうじゃ」
すると、ウルスラが止める間もなく、ロックが口を挟んだ。
「そのまんま逃げる気じゃねえだろうな?」
いつもはこういう場合に窘めるクジュケも黙っているのは、同じ気持ちだからであろう。
ドーラは嘲笑うような顔で、「それもありじゃな」と嘯いた。
「が、まあ、こう見えてもわたしも人間じゃ。見も知らぬ世界で自分一人生き残るより、ドゥルブを綺麗さっぱり中和して、新しい国の女王として優雅に暮らしたいと思うわさ。合体が成功すればドゥルブも油断するであろうから、逆に良かったかもしれぬぞえ」
が、ロックは猶も言い募った。
「おめえ一人じゃねえだろ? 赤目族もいるし、あいつらが搔き集めてる信者も一緒に連れて行くんじゃねえのか?」
ドーラは態とらしく吐息した。
「気の毒な連中じゃ。奴隷にされるとも知らずに、自らドゥルブに魂を売るとはのう。まあ、中和した後、生きておれば救け出してやってもよいが」
ロックにそれ以上喋らせないように、今度はクジュケが割り込んだ。
「集めた人間を奴隷にするのですか?」
ドーラは肩を竦めた。
「正確には違うじゃろうが、似たようなものさね。まあ、喰われるよりマシじゃろうが、自由は奪われることになろう。しかし、阿呆な連中の心配なんぞ、後廻しじゃ。今は、明日の中和が上手く行くよう、皆で力を合わせるのが肝要ぞえ」
珍しくタロスが「そのことだが」と手を挙げた。
「明日の朝にはゾイアどのがエイサに到着すると思うが、本殿にあなた一人乗り込ませるのは不安だ。できれば、わたしも同乗させてくれぬか?」
ドーラはジロリとタロスを睨んだ。
「わたしが信用できぬ、とでも言うのかえ?」
タロスがキッパリと「できぬ」と答えると、睨み合う二人を宥めるように、ゲルヌが立ち上がった。
「まあ、二人とも落ち着いてくれ。立会人が必要だとは、わたしも思う。そうであれば、適任者はわたしだ」
が、ドーラは鼻で笑った。
「逆じゃな。この中で一番不適任なのが、おまえぞえ。魔道神の申し子じゃからのう。いざとなれば何をされるかわからんと、絶対にドゥルブが認めぬわい。まあ、強いて一人選ぶとすれば、屁理屈の達者な、そこの若造じゃな」
指差されたのが自分と気づき、ラミアンは飛び上がった。
「あ、いや、ぼくは」
尻込みするラミアンに、いつもとは逆にクジュケが「お引き受けしなさい」と促した。
「おまえが断れば、誰も同乗できなくなります。大丈夫です。ドーラさまがなさることを、ちゃんと見届けるだけの簡単なお仕事ですよ。ねえ、ドーラさま?」
皮肉な問い掛けにも、ドーラは笑顔で「勿論じゃ」と答えた。
「そのコバルトブルーの両目を見開いて篤と見るがよい。わたしの一挙手一投足をのう」
ラミアンは深呼吸を繰り返していたが、少し震える声で「か、畏まりました」と返事をした。
明日に備えてもう寝ると言ってドーラが帰ると、残された六人は暫く黙り込んだ。
静寂の中、ポツリとラミアンが「大丈夫。きっと大丈夫」と自分に言い聞かせる声が聞こえた。
と、ウルスラの顔が上下し、瞳の色がコバルトブルーに変わった。
その目からは、今にも涙が零れ落ちそうになっている。
「ごめんね、ラミアン。姉さんがお祖母さまに断ろうとしたんだけど、ぼくが止めたんだ。今は少しでもお祖母さまをこちら側に引き留めておかなきゃいけないからね。生命懸けの仕事になると思うけど、ぼくらがきっと援けるから、頑張って」
遂にポロポロと涙を流したウルスに、ラミアンも目を潤ませながら応えた。
「有難き幸せにございます、陛下。考えてみれば、明日の中和が上手く行かなければ、この世界は終わるのです。このような大事なお役目、ぼくに任せてくださり、感謝の言葉もございません。斯くなる上は、身命を賭して……」
それ以上は言葉にならず、ラミアンは号泣した。




