1440 ハルマゲドン(96)
白魔と人格融合しているジョレから、聖剣を模倣品と交換しようと迫られた魔女ドーラは、すぐには返事をしなかった。
ジョレが焦れて「どうした? 何か不都合でもあるのか?」と畳み掛けると、ドーラは漸く口を開いた。
「万が一の時のために、わたしが本物を持っておった方が良い」
ジョレの眉が片方だけクイッと上がった。
「ほう? やっぱりギリギリのところでわれらを裏切って、中和するつもりだな?」
ドーラは即座に「違う!」と否定した。
「万が一、本殿と母船の合体が上手く行かなかった場合、微調整をするのに必要じゃ」
ジョレの上がっていた眉が下がり、今度は反対側の眉が上がった。
「心配要らん。本殿を運ぶのはゾイアだろう? 後は、母船の上空で射出してもらえばよいだけだ。合体は相互の通信によって、自動的に行われる。機器の点検も全て異常なしだ。聖剣の出番はもうないはず。それとも、おまえには必要なのか?」
ドーラは鼻を鳴らした。
「勿論必要じゃとも。何故なら、合体が成功した後、おぬしらに置いてけぼりにされぬ保証はないでな。その時、身を護る方法は他にあるまい?」
ジョレは苦笑した。
「これでは平行線だな。ならば、こうしよう。われらが聖剣を預かる代わりに、合体の前におまえを本殿に乗せることにする。合体が成功し、無事に宇宙へ出たら、聖剣を返そう。それさえ嫌だと言うなら、この話はなしだ。われらもおまえもこの惑星と諸共に、艦隊の光子魚雷に撃ち砕かれて星屑になるだけさ」
ドーラはまた考え込んだが、遂に諦めたように吐息した。
「いいじゃろう。その贋物と交換しよう。しかし、約束を忘れるでないぞ!」
ジョレは皮肉に嗤った。
「ああ、忘れぬさ。おまえこそ、変な気を起こすなよ」
「ふん。当たり前じゃろう。事ここに至っては、他に選択肢はない。おぬしとわたしは運命共同体ぞえ!」
怒りに任せてドーラが懐から聖剣を出して見せると、自信満々であったジョレが、やや怯えた表情を見せた。
「おい、こっちに向けるな。この肉体に害はないとわかっていても、やはり気色悪いわい。ちゃんとした保管場所を用意してあるのだ。おい、ロビー!」
カタカタと音がして、奥から例の機械人形のようなものが出て来た。
ジョレを扇いでいた時より、多少動きが滑らかになっている。
「お呼びでございますか、ご主人さま?」
「ああ。ドーラから時空干渉機を受け取り、おまえの亜空間保管庫にしまっておけ」
「畏まりました。では、ドーラさま。お預かりいたします」
先が鋏のようになっている腕がスルスルと伸びて来て、ドーラの前で鋏の部分が開いた。
ドーラは苦々しい表情で、「大切に扱うのじゃぞ」と言いながら、聖剣をそこに挟んだ。
腕が縮むのと同時に、機械人形の胴体が左右に開き、そこへ聖剣が入れられると、ピタリと閉まった。
ドーラは軽く舌打ちして「では、明日会おう」と跳躍の態勢に入ったが、ジョレが「待て。忘れものだ」と贋の聖剣を投げて寄越した。
それを片手で受け取ると、ドーラは憮然とした表情のまま消えて行った。
同じ頃。
バロードの双王宮では、壁に鉛を仕込んだ密室に幹部が集まり、最後の打ち合わせを行っていた。
「まあ、赤目族に惑わされたとしても、ドゥルブの許へ行く連中はそう多くねえと思う。みんな、長年怖れて来た相手だからな」
ロックの報告を聞いて、ウルスラは溜め息を吐いた。
「国民の不安を抑え切れなかったのは残念だけど、もう時間がないわ。今はもう、明日をどう乗り切るかに集中しないと。期限は明日の夕方なのね、ゲルヌ?」
ゲルニアの最期を看取った後、感情の整理をつける間もなくバロードへ報告に来ていたゲルヌは、暗い表情で頷いた。
「ああ。正確には、北の大海に突き刺さっている母船の近辺が日没を迎える時間になるだろう、とのことだ」
「そう。じゃあ、それまでにお祖母さまがドゥルブを中和してくださればいいのね」
自分を納得させるように告げるウルスラに、ゲルヌは何か言いたそうな表情をしたが、議論をする気力がないらしく、そのまま黙ってしまった。
その代わりのように、ジェルマを寝かしつけて来たラミアンが、遠慮も忖度もなく発言した。
「ドーラさまは、本当に中和してくださるでしょうか?」
上司のクジュケが慌てたように、「これっ、口を慎みなさい!」と窘めたが、意外な人物がラミアンに同調した。
陸軍大臣タロスである。
「申し訳ないが、わたしもドーラさまを信用できぬ。ここ数年敵として戦って来た者としての実感だ」
更にロックも「おいらもそう思うぜ」と声を上げたが、本来ならこういう場合に議論が偏らないように誘導するゾイアが居ないため、ドーラの欠席裁判になりかけた。
その時。
「ちょっとええだか? お客さまだあよ」
見張り役のシャンロウの声に、皆ハッとして顔を見合わせた。
「ドーラさんが大事な話があるそうじゃけんど、どうすべえ?」
ウルスラは一通り皆の顔を見渡すと、大きく息を吸ってから、シャンロウに告げた。
「お通ししてちょうだい!」




