1439 ハルマゲドン(95)
同じ夜、最後の段取りを確認するため古代神殿に戻った魔女ドーラは、白い頭巾を被った多数の赤目族が整列しているのを目撃した。
「何じゃ、あれは?」
かれらは次々と何処かへ跳躍しているようであった。
「むう。今更、破壊工作にでも行かせておるのか? まあ、御大に聞いてみるのが早いじゃろうな」
ドーラは、既に地面から切り離されて明日の移動を待つばかりの本殿本体に入った。
中の伽藍とした広間には、玉座に似せた椅子に踏ん反り返るようにして座っているジョレが居た。
ドーラの口が皮肉に歪んだ。
「ふふん。益々人間臭く、いや、ジョレ臭くなっておるのう。おっと、ならばこそ、愛想良くせねば」
ドーラは媚びるような笑みを浮かべながら、ジョレに近づいた。
「これはこれはご機嫌麗しゅう。準備も須らく相整い、恐悦至極にござりまする」
完全に一体化したのか、山羊の如き顎鬚を扱きつつ「お世辞を言うな」と、その実満更でもなさそうな笑顔になっている様は、最早白魔というよりジョレそのものであった。
「そんなことより、途中でバロード側に横やりを入れられたりせぬよう、ちゃんと懐柔して来たのか?」
実際には、ジェルマ少年が本当に譲命術ができるか確かめに行ったのだが、ドーラはそのようなことは噯にも出さなかった。
「おお、勿論でございますとも。ところで、赤目族が皆どこぞへ行っておるようですが?」
ジョレは、惚けた顔をした。
「気になるか?」
ドーラも負けじと呆けたような顔をして見せた。
「気にならぬと言えば嘘になりまするなあ。何しろ、わたしとあなたさまは一蓮托生。隠し事は互いのためになりませぬぞえ」
ジョレの眉が両方上がった。
「ほう? こっそりバロードで延命の効果を確かめたことなど、おまえは一言もいわないではないか?」
ドーラはハッとしたように、慇懃無礼な態度を改めた。
「調べたのかえ?」
ジョレは肩を竦めた。
「調べさせるつもりではなかったが、偶々別の目的でバロードへ潜入させていた赤目族が小耳に挟んだのよ」
「別の目的?」
「おいおい、話を逸らすな。今はおまえの裏切りを審議しているのだ」
が、ドーラは腕組みをして開き直った。
「ああ。譲命術が本当にできるのか確かめたわさ。一応、両方の条件が明確にならねば、比較ができぬからのう。が、結果として、寿命が多少延びるにせよ、コウモリは剥げチョロのままであったわい。あれでは長生きする気も失せるぞえ。やはり、おぬしの話の方が魅力的じゃ」
「そうか? それならいいが」
信じたようには見えなかったが、ジョレはそれ以上追及はせず、話を戻した。
「では、赤目族に何をさせているのか教えてやろう。布教活動さ」
意外な言葉に、ドーラは眉を顰めた。
「布教活動?」
ジョレは皮肉な笑みを浮かべた。
「ああ。赤目族は魔道神への信仰を捨て、われらに改宗したという。が、言葉だけでは信用できぬ。まして、われらの一員に加わりたいのなら、何らかの試練を与えるべきだ。そこで、われらへ帰依する信者を集める競争をさせることにしたのだ。さすがにドゥルブでは通りが悪かろうから、タナトゥスという神名にしたがな」
ドーラは不得要領な顔になった。
「意味がわからぬのう。どうせ滅びる世界に信者を増やしてどうするのじゃ?」
ジョレの口角がキュッと上がった。
「連れて行くのさ。まあ、生かしたままでは無理だが、冷凍すれば数千人は母船に積み込めるだろう」
「何のためじゃ? おお、人質かの?」
「勿論一つには人質だが、まあ、大してその効果がないことは、今回のことでよくわかったよ。宇宙艦隊は、ここに居るような原始人の人命など何とも思っていないからな。ひどい話さ」
「そういうおぬしらはどうするつもりじゃ?」
ジョレの口角が更に吊り上がった。
「決まっている。支配するためさ。われらはこの惑星に来て初めて、人間を支配する愉しみを知ったのだよ。が、陰気臭い赤目族だけでは物足りぬ。おまえは知らんだろうが、生物の棲める惑星は多いが、知的生命にまで進化できるのは極めて稀なのだ。よって、原始的な生物しかいない惑星に解凍した人間を降ろし、人口を増やした上で支配するのさ」
さすがにドーラは不快な表情になった。
「あまり良い趣味とは言えぬな」
が、ジョレは自慢げに笑った。
「いやいや、ちゃんと実益も兼ねているよ。おまえの孫たちにしろ、バルルの申し子の皇子にしろ、住民にわれらの信者が増えれば対応に追われる。それだけ邪魔する者が減るのさ」
ドーラは不満そうに唇を曲げた。
「そこまで心配することはなかろう? わたしが上手くやれば、孫たちに邪魔をするような隙は与えぬ。アッという間に母船に合体させてやるぞえ」
ジョレは大袈裟に手を広げて見せた。
「おお、全くだ。おまえさえちゃんとやってくれれば、何の心配もない。が、念のため、こういうものを用意した」
ジョレは笑顔のまま、懐から棒状のものを取り出した。
それは革製の細長い袋であった。
見せつけるようにゆっくりと袋の紐を解くと、ジョレは中身を取り出した。
見事な宝飾が施された短剣である。
ドーラの顔色が変わった。
「そ、それは……」
「良くできているだろう? 船橋には優秀な物質再生機があるはずという予想どおりだった。どこからどう見ても、『アルゴドラスの聖剣』そのものだ。ああ、無論、何の能力もないただの模倣品だよ。しかし、実際に中和する訳ではなく、芝居なのだからこれで充分さ。さあ、本物と交換しようじゃないか?」




