1438 ハルマゲドン(94)
ゲルヌ皇子が霊癒族の隠れ里に着くと、ザネンコフ元将軍が迎えに出て来た。
「ジョレの件、真に申し訳ありませんでした」
自分が手伝えぬ代わりにと、ジョレを推挙した責任を感じているのであろう。
しかし、ゲルヌは、深々と頭を下げるザネンコフの残っている方の手を取り、「おまえのせいではないさ」と慰めた。
「敵を殲滅したと安堵し、ジョレ一人に留守を任せたのはわたしだ。まさか、一刀両断した相手が、生き返ってジョレを乗っ取るとは思わなんだ。最初は魔女ドーラの作り話かと思ったが、実際に魔王のようなジョレの姿を覗き見て、自分の不明を恥じたよ。しかし、よくよく憑かれ易い男だな。ああ、それより、ゲルニアの容態はどうだ?」
漸く顔を上げたザネンコフは悄然としたままそれには答えず、「ご案内いたします」とのみ告げて、先に歩き出した。
ゲルヌも黙ってついて行った。
ゲルニアの病室には、隠れ里の責任者のエマと、その義母であるリサンドールがいた。
リサンドールは、ゲルニアの寝台の横に椅子を寄せ、その手を握って話していた。
「そうさ。あのサンサルス猊下でさえ、死ぬのは怖いと言ったんだよ。でもね、最期は全てを受け入れ、微笑んで逝かれた。あの世にはあの世でしかできない務めがあるそうだよ」
虚ろな目をしたゲルニアの返事は掠れて聞き取り辛かったが、乾いて罅割れた唇は「ありがとう」と動いた。
思わず駆け寄ろうとしたゲルヌを、傍に立っていたエマが止めた。
「今は静かに見守ってあげましょう」
「しかし」
と、そのゲルヌの声が聞こえたのか、ゲルニアの身体がピクンと動き、その額に赤い第三の目が薄く光った。
同時に、ゲルヌの額にも同じものが現れた。
「……み使い、ご心配をお掛けしてすみません」
ゲルヌが気づくと、何もない真っ白な空間に浮かんでおり、目の前にゲルニアがいた。
「こ、ここは?」
「わたくしにもよくわかりませんが、長命族の『識閾下の回廊』のようなものだと思います。但し、あのように大規模で色々な人物に解放されたものではなく、魔道神とわたくしとみ使いを繋ぐためだけの通路と聞いております」
「聞いた、とは、バルルからか? あ、いや、そんなことはいい。無理をせずに休んでくれ」
ゲルニアは悲しげに笑った。
「もう充分に休ませていただきました。後はもう、出発の時を待つだけです」
「出発?」
「はい。畏れ多いことですが、肉体を離脱し、バルルの末席に加えていただけるそうです」
「おお、そうか! ならば良かった!」
しかし、ゲルニアは一層悲しそうに赤い目を伏せた。
「一度肉体を離れれば、もう戻ることもありません。しかも、バルルには個人という概念はないそうですから、集合意識に溶け込み、わたくしという自我は消滅するとのことです」
「そうなのか……」
再び沈んでしまったゲルヌを元気づけようとしてか、ゲルニアは笑って見せた。
「大丈夫です。先程リサさまのお話を聞いていて、覚悟が定まりました。人間の皆さまが行くあの世とは違うかもしれませんが、これが擬体としてのわたくしのあの世だと思います。なので、後悔はいたしておりません。ただ、み使いとお別れすることだけが心残りでございます」
「わたしもさ。尤も、わたしこそ、間もなく本当のあの世とやらに行くかもしれんが」
自嘲するゲルヌに、ゲルニアは表情を改めた。
「ああ、そのことでございます。バルルもそれを伝えるために、黄金城に乗り込む前にこの通路を設定されたのです。この通路は時空の制約を受けないそうですので、どれだけ遠く離れた場所でも、瞬時に情報が伝わるそうです。今のところ、艦隊の最終兵器は発射されておりませんが、猶予は後一日とのこと。それまでに白魔の中和が完了しなければ発射され、殆ど間を置かずに着弾するそうです」
ゲルヌは眉根を寄せた。
「ギリギリだな。明日の朝にはゾイアが地下隧道を貫通させる。そこから本殿を載せ、日没前には北方まで運ぶと聞いている。そこで上手く中和の段取りに入ったとして、果たして間に合うかどうか」
「わたくしも微力ながら、少しでも発射を延期していただくよう、掛け合ってみます。それでは、短い間でしたが、お世話になりました。わたくしが肉体を離れた瞬間から、この通路は直接バルルとみ使いを繋ぐようになります」
「もう、行くのか?」
目を潤ませるゲルヌに、ゲルニアは笑顔で応えた。
「わたくしが感じている肉体的な苦痛をみ使いに共有させぬため、ずっと精神接触を絶っておりました。そのためお話しができず、悶々とした日々を過ごしておりましたが、こうして最後に思いを伝えることができました。本当に感謝しています。ありがとうございました。そして、どうかご無事で」
「ゲルニア!」
消えて行くゲルニアに大声で呼び掛けたつもりだったが、気がつくと病室に戻っており、エマと自分の立ち位置から見ても、ホンの一瞬しか時間は経っていないようだ。
その時、ゲルニアの手を握っていたリサンドールが、そっとその手を置いた。
「最後は安らかだったよ」
吐息と共にリサンドールが告げると、ゲルヌの背後からオンオンと子供のように泣きじゃくる声が聞こえた。
振り返ると、後から入ってきたらしいゲルヌの兄のゲルカッツェが、身を震わせるようにして泣いていた。
「兄上……」
ゲルヌは思わず兄に抱きつき、同じように声を上げて泣いた。
(作者註)
サンサルスの最期については、1037 第二次セガ戦役(34)をご参照ください。




