1436 ハルマゲドン(92)
ロックが立ち上がって声を荒らげ、ドゥルブの使徒であるという赤目族を非難したため、その場は凍りついたように静まり返った。
が、すぐに、群衆の中から囁きが起こった。
「あれは、ロック将軍じゃないか?」
「間違いねえ、ロックだ」
「なんでこんなところに?」
「決まってるさ。使徒さまを捕まえに来たんだ」
「そんなことさせるもんか!」
「そうだ、そうだ!」
「帰れ、カリオテ人め!」
「そうだ、帰れ!」
「帰れ!」
「帰れ!」
「帰れ!」
騒然となったところで、使徒の先触れをした声が再び響いた。
「鎮まれーっ、皆の者! 使徒さまよりお言葉を賜っておる途中なるぞ! 鎮まれ、鎮まれーっ!」
再び静かになったところで、使徒の笑いを含んだ声が聞こえた。
やれやれ。
とんだ小鼠が紛れ込んでいたようだな。
今やタナトゥスの一番の怨敵であるウルスラ女王の配下か。
ならば、帰って女王に伝えるがいい。
おまえたちに勝ち目などない。
いや、抑々最初から勝負にならぬ。
かつてわれらに塗炭の苦しみを与えたアルゴドラスも、今やタナトゥスに臣従を誓っておるのだぞ。
ほう?
驚かぬな。
成程。
アルゴドラスは、いや、魔女ドーラは、と云うべきか、やはり両天秤を掛けているのだな。
お気の毒だが、期待せぬ方がいいぞ。
ドーラの裏切りは織り込み済みだ。
われらの最終の未来予測に、その可能性が現れていたからな。
しかし、既に手は打ってある。
もう命運は決まったのだ。
抵抗は無意味だ。
帰って女王に伝えるがいい。
わが神タナトゥスは寛大であられる。
今すぐ回心すれば、宙船の片隅にでもお乗せくださるだろう。
おお、勿論おまえもな。
さもなくば、魔道神の眷属が下す劫火に焼かれて滅びるのみ。
最早猶予はないぞ。
永遠の生命を得るか、死ぬか、だ。
さあ、どうする?
夕闇迫る中、赤い目を光らせ、勝ち誇ったように嗤う使徒に、しかし、ロックは負けずに言い返した。
へっ。
おめえ、すっかり白魔に魂を売っちまったようだな。
だが、おいらは騙されねえぜ。
腐死者の原因がドゥルブってことは、中原じゃ子供でも知ってるこった。
おいらも実際に北方で見たしな。
それを、事もあろうにバロード聖王家がやったなんて、そんな屁理屈が通るかよ。
言い掛かりもいいとこだぜ。
それに、さっきから永遠の生命がどうのと言ってるが、おめえ自身はどうなんだ?
どうせ、そのためには肉体を捨てなきゃならねえとか何とか、上手えこと言い包められてるんだろ?
つまり、早え話、死ねってことさ。
死んだ後どうなるかなんて誰もわからねえし、死人に口なしで文句を言うやつもいねえからな。
こんな如何様、誰が信じる?
それより、生命ある限り精一杯生きようって言う方が、なんぼかマシだぜ。
それが千年だろうが百年だろうが、いや、極端に言や、たった一日だったとしても、おいらなら悔いのねえよう自由に生きてえと思う。
ドゥルブの奴隷になって何万年も生きるより、その方がずっと幸せだ。
それが人間ってもんじゃねえか?
ロックの反論は、使徒よりも周りにいる群衆に聞かせるためのものであったろう。
実際、群衆には動揺が走り、ザワザワと私語をする者が増えている。
が、それを吹き飛ばすように、使徒は大きく声を上げて笑った。
果たして、嘘を吐いているのはどちらかな?
おまえも女王から聞いているだろう?
ゲルヌ皇子が伝えたはずだぞ。
バルルが古代神殿から逃げ出したことを。
そして、バルルの仲間がこの世界を滅ぼす光子魚雷とかいう怖ろしい武器を使用しようとしていることを。
どうした?
何故黙っている?
女王はその真実を覆い隠し、国民を騙しているではないか。
違う?
何が違う?
この世界が滅びるのが避けられぬ以上、先程おまえが言っていたことは、単なる綺麗ごとだ。
人間らしく自由に生きたい、だと?
いいだろう。
自由に生きて、明日にでも劫火に焼かれて死ねばいい。
だが、わたしは嫌だね。
そんな惨たらしい運命を受け入れるつもりはないよ。
それよりもタナトゥスのご慈悲に縋り、共に星界の果てまで旅してみたい。
おお、今から心躍るようだ!
さあ、皆も良く良く考えるがいい!
この能天気な若者の世迷い言を聞いて焼け死ぬのがいいか、それともわたしの言葉を信じ、タナトゥスの御許に馳せ参じるか。
決めるのは、今ぞ!
迷っていた群衆も、ロックが反論しきれなかったためか、再び使徒の呼び掛けに応え、「タナトゥス!」「タナトゥス!」と連呼し始めた。
ロックは唇を噛んだ。
「くそっ! もう少しだったのに……」
しかし、群衆は次第に熱狂して来ており、このままここにいるのは危険であった。
実際にロックを睨みつけている者が何人もおり、もし誰かが煽動すれば、この場で血祭りにされかねない。
その時、ロックの背後から小さな吐息が聞こえた。
「仕方ありませんね。ここは一旦退きましょう」
それはクジュケの声であった。
ロックを心配し、隠形して来てくれたようだ。
兄貴分のツイム同様普段はクジュケを苦手にしているロックも、「ああ」と力なく頷いた。
「だが、おいらは諦めねえ。今は熱に浮かされてるこの連中も、きっと冷静になりゃ、どっちが正しいかわかってくれる。おいらは、そう信じてる!」




