1435 ハルマゲドン(91)
日没近くなって、疲れ果てた様子のウルスラ女王たちが双王宮に戻って来た。
留守中に訪れた祖母ドーラとの一幕を統領クジュケから聞き、ウルスラは大きく息を吐いた。
「なんとか乗り切れたようね。それで、ジェルマは今どうしてるの?」
「はい。これ以上余計なことをせぬよう、ラミアンに見張らせております。意外にも気が合うようで、共に旅した思い出などを語り合っているようです。そちらのご首尾は如何でございましたか?」
これには、ウルスラに付き添っていた陸軍大臣タロスが答えた。
「各地を廻り、両陛下が入れ替わり立ち替わり直接民にお声を掛けてくださって、だいぶ人心は落ち着いたと思う。但し、今回の噂の黒幕らしき人物がいるとわかり、ロックが今、調べに行っている」
「黒幕?」
「ああ。『この世の終わりが近い』との妄説を流布し、同調する人間を集めている者がいるようなのだ」
「宗教家ですか?」
タロスは首を傾げた。
「どうかな? そうだとしても、かなり怪しげなものだろう。まあ、ロックが実際に見て、危険人物と判断すれば捕縛すると言っていた。これ以上、民の不安を煽らせぬようにな」
その頃、情報軍将軍ロックは農民に変装し、王都バロンから少し離れた寒村に来ていた。
「うーん。この恰好じゃ、やっぱり目立つかな。抑々この国にはカリオテ人自体が少ねえ上、殆どが船乗りだからな。まあ、なるべく顔を見られねえよう、下を向いて歩こう。おっ、あっちに人が集まってるな」
そこは村の集会などに使われている空き地のようだが、溢れるほどに人が集まっていた。
「すげえな、こりゃ。この村だけじゃなく、近隣の村々からも集まってるみてえだぜ。おっと、あんまり顔を上げると身バレしちまう」
既に黄昏時であり、或る程度接近しても俯き加減であれば、バレる気遣いはなさそうであった。
それでも独り言の癖は止まらぬようで、ずっと小声で呟き続けている。
「ほう。中央に演台みてえのが用意してあるな。ってことは、愈々その黒幕ってのが出て来るのかな?」
と、集まっている群衆から囁く声が聞こえて来た。
「間もなくタナトゥスの使徒さまが来られるぞ」
「こんな田舎に使徒さまがお出でくださるとは」
「おお、ありがたや、ありがたや」
「早うお姿を拝したいものじゃ」
「わしらに永遠の生命をくださるそうな」
ロックは、その相手がどこから来るのかわからず、思わず顔を上げそうになったが、その前に先触れの声が響き渡った。
「タナトゥスの使徒さまのお出ましであーるっ! 皆の者、跪けーっ!」
どよめきと共に一斉に群衆が平伏したため、ロックも慌てて地面に這い蹲った。
その時、どこからか涼しげな鈴の音が聞こえ、それが徐々に近づいたかと思うと、不意に止まった。
好奇心に負け、ロックが少しだけ顔を上げると、演台の上に人影が立っているのが見えた。
「え? まさか、あれは……」
演台の人物は、スッポリと白い頭巾を被っていた。
そのため、ロックは一瞬ガーコ族のハリスかと思ったのだが、よく見れば白頭巾の形が異なっており、何よりも目の部分に穴が開いていなかった。
「あれじゃ見えねえじゃんか」
思わず声が大きくなり、周りの群衆から「そこ、静かにしろ!」と窘められた。
しかし、ロックの声はタナトゥスの使徒という人物にも聞こえたらしく、笑いを含んだ声で話し始めた。
わたしが見えないだろうと訝る声が聞こえたが、果たしてその者の心の目は見えているのだろうか?
何故なら、わたしにはハッキリ見えるこの世の滅びが、その者には見えておらぬからだ。
何と愚かな者よ。
滅びの日は迫っておるぞ!
早ければここ数日のうちにも、神の裁きが下るであろう。
が、怖れることはない。
われらの肉身は所詮仮の器。
少々長生きしたとて百年、かの長命族とて僅か三千年の寿命でしかない。
先ほどの者なら、三千年を僅かと云うのを笑うであろう。
なれど、わが神タナトゥスにしてみれば、三千年など須臾の間にすぎぬ。
おまえたちもタナトゥスにお縋りすれば、万年を超える、いや、それどころか、永遠の生命が得られるのだ。
しかも、天翔ける船に乗り、天空の果てまで旅発つことになる。
さて。
そろそろ夕闇が迫って来たようだな。
おまえたちが明かりを灯す前に、今こそわたしの真実の姿を見せよう。
今から頭巾を脱ぐが、どうか騒がずに見て欲しい……
……どうだ、わかったろう?
わたしは赤目族の者だ。
体毛は一切なく、目はこのように赤く光る。
されど、祖先は失われた種族の主知族であったのだ。
ノシス族の見た目は、おまえたちと然程変わらぬものであったという。
ところが、この国を創ったとされるアルゴドラスによってヤナンの地下に閉じ込められ、このような姿となった。
無論、われらはずっとアルゴドラスを恨んで来たよ。
しかし、気づいたのだ。
本当に恨むべきは、われらにこのような運命を強いた魔道神であると。
そうだ。
われらは信ずべき神を間違っていたのだ。
今こそ、われらの信ずるタナトゥスについて教えよう。
どうか、静かに聞いて欲しい。
かつて自由を求めた戦いに破れ、タナトゥスはバルルに捕らえられて、北の大海に幽閉された。
何度も脱出しようと試みたが、その度にバルルの使徒であるアルゴドラスの子孫によって封印されてしまった。
その際、アルゴドラスの子孫たちは、恰もタナトゥスの仕業のように見せかけて、腐死者を跳梁跋扈させたのだ。
何と卑劣なやり口であろうか!
更に今しも、バルルは天空に潜む仲間を呼び寄せ、その劫火によってこの世界を滅ぼそうとしている。
さあ、もうわかったであろう。
バルルは悪魔であり、口にするだけで不吉とされた白魔こそ、タナトゥス、つまり真の神なのだ!
おまえたちが救いを求めるべき神は、ドゥルブであるぞ!
聞いていたロックは我慢しきれず、思わず立ち上がって叫んだ。
「出鱈目も大概にしやがれ!」




